平成22年9月24日更新

 

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お知らせ


  私の父は22年8月12日の早朝、11年に及ぶ闘病生活を終え、64歳で人生を閉じました。
 これまでホームページを見て応援してくださったみなさまに深くお礼申し上げます。

  11年前、父が膵臓癌になったときに、私は酒もほとんど飲まない、タバコも吸わない、
  ほとんど不摂生をしない父がなんでこんな若さで癌に、それも膵臓癌にならなあかんねや
  と不思議でたまりませんでした。当時、父はどこまで自分が死に直面しているのか理解し
  ているのか分かりませんでしたが、少しだけ医学知識がある私は手術をしてもせんでも、
  あと半年ぐらいしか生きられへんのかっと思ってました。父は手術をするのかどうかどん
  な選択するのか悩むのかなって思っていましたが、早々に手術をすると決めてしまいまし
  た。何が良かったのか膵臓癌では考えられないくらい余命がありました。潔く手術を決断
  したこと、外科の先生の技術、痩せていて腹腔内脂肪が少なかったので手術をしやすかっ
  たこと(のではないかと勝手に考えてます)が良い結果に結びついたんだと思います。入
  院中は術後しばらくはやっぱりしんどそうで、でも担当医と自分の仕事の話になるとは明
  るく話している顔を見ると仕事がストレスで癌になったのではないのかと思いました。ど
  こまでも仕事人間で、退院した後も契約社員という形で仕事に行っていたことは非常に良
  かったと思います。

  この11年の間、自分や弟の結婚、4人の孫の誕生、還暦祝いもすることができました。去
  年の夏は1ヶ月程、私の自宅で過ごすことができました。父にとっては両親より早く死なな
  かったことが何よりも良かったことかもしれません。この春には、母親の還暦祝いで家族
  旅行を計画していたのですが、贅沢な望みだと分かっていますが叶わなかったことが残念
  です。

  1回目の退院後、父はちょっと力が抜けるというのかだるくなると、またそういうのを予
  防するため日頃から甘い物を食べていました。たまたま、そういう時に甘い物を口にして体
  がしっかりしたので、低血糖になってだるくなったんやと思い込んでしまったみたいです。
  実際には低血糖にはなってなく、検査結果も正常で、注意しても止めようとしまでんでした。
  これが最終的にたたり、糖尿病になり、免疫力が低下して肺炎(抗酸菌症)、それから膵臓
  癌の再発と繋がったんだと思います。10年も経っているのに再び顔を出してくる癌細胞を改
  めて怖いと思うのと免疫力って大事なことと思いました。

  今年の春には入院中、便所に行こうとして立てなくなり、その後、寝たきりになり、痛みの
  コントロールをして自宅療養になりました。5月には体力はどんどん衰えるばかりで骨と皮だ
  けになった父親をおんぶして車に乗せて診察で病院へ連れて行きました。先生は腰の腫瘍は
  軟らかいから脂肪の塊やって安心させるために言ってくれてましたが、さらに多きくなり、
  色も悪くなり、8月初めには癌が自壊し、皮膚に穴が開き、毎日、傷の洗浄してました。どん
  どんやつれていく父親を見るのがつらかったです。ちょっとでも元気を出してもらうため、
  孫の顔を見せようと実家に帰っていたのですが、自分はなんて声をかけたら良いのか分から
  ず、なんかいつ死ぬのかなって伺っているような感じにも思え、嫌な感じもありました。 

  8月に入ってからは低血糖、低血圧で、最終的にはガス欠状態で亡くなったんだと思います。
 父の死顔・身体は生ジュースのために搾りきった果物のように、最後の最後まで必死に生き
 てボロボロなった感じのように見えました。再発・手術からはずっと痛みを抱え、そして身
 体を動かすこともできず辛い日々だった思います。こんなにボロボロになるまで死ねない、
 生きないと駄目??と見ているのも少し辛いものもありますが、父は自分たちに何事も最後
 の最後まで一生懸命にがんばれということを見せたかったんだと思います。辛かったやろう
 という感情を除いて死顔を見れば80、90歳のご老人の顔に見えました。この11年、父だ
 けが周りの人よりも時間のスピードが3、4倍速かったと考えれば、年齢以上の長い人生を
 送ったんではないのかなって思います。
  葬儀の時、私の子供たちも泣いてました。いつまでもこの子たちにもおじいちゃんとの楽し
 かった記憶が残っていて欲しいものです。


連絡先: ysdhrshksy@gmail.com