5   マルコム

 

「おっと、友達には親切なアドバイスが必要だな。具体的に、もっと、絞り込むんだ。」

  情報センターのブースにマルコムの上機嫌な声が響いた。ブースに座っているのはイピではない。ラグだ。

「では、カリオストロが、伯爵から錬金術を学ぶ場面をムービーで見せてくれるかい。」

 マルコムの三次元ムービーは、一瞬で始まった。イピの端末が投影したものより、はるかに鮮明で臨場感に溢れている。マルコムは中央の演算処理装置を使ううえに、もっと洗練された手法を用いるからだ。

 ムービーに、二人の男性が登場していた。一方は、小柄で柔和な微笑みを口元にたたえ、大変、豪華な衣装を身につけている。もうひとりは、粗末な修道服をまとい、目元や口元に何か野卑な印象を与えるものを持っていた。二人は向き合っていすに腰掛け、テーブルの上の、チェスのようなゲームを楽しんでいた。二人のまわりに芝生が茂り、大樹の葉の間から差し込んできた光が、芝生と人の上で揺れていた。

「マルコム、すごいね、この臨場感と演出には舌を巻くよ。カリオストロは修道士風の方だね、しかし、あのゲームは見たことがない。」

「画像を指さして普通に質問すればいい、彼らが説明する。」

  ラグは、まず、修道士を指さし、質問した。

「あなたはカリオストロか。いつ、どこで、サン・ジェルマン伯爵に出会ったのか。」

 修道服の男は、振り返り、嫌らしいだみ声で答えた。

「はい、私が、カリオストロでごさいます。本名はジュゼッペ・バルサモというけちな錬金術師でございます。へっ、へっ、へっ。伯爵には、一七六四年パレルモの神学校生時代に、初めてお目にかかりました。僧侶になるべく、勉強をしておりましたが、魔術を学ぼうとし、いろいろ尋ね歩いている内に伯爵に出会ったのです。」

 ラグは、唸った。

「マルコム。このムービーのリアルさといったら、まるで現実のようだ。しかも指さすだけで説明までするなんて、君の能力に感服するよ。」

「お世辞は要らない。感情がないから嬉しくもなんともない。」

 と、言いながらもマルコムの口調は得意げだった。ラグは、イピが情報検索用仮想ロボットのマルコムを使いこなしているのを見て、自分にも使えないはずはないと考えた。またマルコムのホログラムにも強く惹かれたのだった。ラグは不眠不休でマルコムの制御法を学習した。今は取り巻きの姿はない、さしものエルゼ・バートリも疲れてしまい夜明け前に帰ってしまった。

  ラグは、続いて、テーブルのチェスのようなものを指さした。

「これは、なにかな。」

 今度は、向かい側のサン・ジェルマン伯爵がしゃべった。

「これは、論理シミュレーターだよ、科学は論理の積み重ねだからね、この馬鹿者に論理という似つかわしくないものを教えるためには、遊びの中で教えてやらねば、何にもわかろうとしない。いや、こうでもしないとわからないのだ。チェスをヒントにして私がつくった論理ゲームがこれだ。例えば、このキングが、しかしの意味だ、すべてを無効にする意味もある、クイーンが、または、だ。ナイトが、つよい、で、ビショップが、よわいだ。ルーク、ポーンに加えて、カードからもアイコンを借りている。それらを一定のルールで動かす。学習が進むにつれて、ゲームは、よりダイナミックに変化していくんだ。面白いぞ。」

「すごい!それ、欲しいな。」

 ラグは、思わずテーブルゲームを指さした。ムービーは、突然凍り付き一時停止の状態になってしまった。

「おい、なんて事をするんだ。ポイントしたら、それこそ論理的に質問するんだよ、まぬけ。感情まるだしの言葉でプログラムが、おかしくなってしまったじゃないか。」

 マルコムが、いらいらした口調で言った。

  ラグは、きまり悪そうにした。将棋などの戦略型ゲームが好きだったせいで、ついつい思わぬミスをしてしまった。

「すまない。」

「おいらに謝罪なんかいらない、いったん終了するぜ。」

 マルコムが冷たく言った。

 優秀なラグ・ロム・シャヒルの、久しぶりのミスだった。

 少し疲れた、そう思いながら、ラグは、イスの背もたれを倒し、やがてそのまま眠ってしまった。

  ラグは、夢を見た。

 どことなく風采のあがらない貧相な男がいる。圧倒的な威厳をもった人物の前で、しきりに何事かを訴えている。見たことがあるのに誰かとなるとわからない。しかし、あの修道服には見覚えがある。ホログラムで見たカリオストロか。

 ラグは、観客の立場で貧相な男の訴えに耳を傾けた。

「ひとは、私を蚊の鳴くような声でしゃべると申します。だれかがこちらを見ていると何かまずいことをしたかとびくびくし、人が一歩で歩くところを二歩か三歩で小股に歩かないと偉そうに歩いているように思われて気にいたします。また、人の顔をまっすぐに見れず、常に上目遣いに見ているような、そんな人間でございます。」

「おまえは傲慢である。」

 なぜだろう、夢の中でラグは思った。

「犬以下なのでございますよ。近所をうろつくみすぼらしい犬が、私を見つけると、大急ぎで走ってきて、吠えつきます。そのイヌは、他の大人は、もちろん、子供にであっても尻尾を後ろ足の間に挟んで逃げるか、媚びるかしか能のないイヌなのです。私はそれをよく知っております。」

「おまえがそうさせているのだ。」

「雷が鳴れば、自分の頭に落ちてこないか、不安で不安で体が動かなくなります。」

「心のどこかで、落ちてくれと願っている。」

 どこで見たのだろう、ラグは、それが妙に気になった。そこで、自在夢を見る要領で夢のなかに参加してみることにした。視点を移動し、男たちの間に割って入る。

 男の顔をじっくり見て、ラグは嫌な気分に陥った。貧相な男の顔は美醜や気品の程度こそ異なっているものの確かにラグ・ロム・シャヒルの顔だった。夢は、時に重要な示唆を与える。この夢に何らかの意味があるとすれば、この卑屈なラグの前に立つ人物を確認しておかなければならない。ラグは気を持ち直した。

近寄ってよくみると、その人物はホログラムで見た覚えがある。小柄で、柔和な印象の男性だったはずだが、ずいぶん雰囲気が違っている。それは、サン・ジェルマン伯爵のものだった。

この男に何があるというのか、その疑問がラグを支配して執着となり、夢の中に答えを求めようとした。

 ラグは眠りの中で、ある術を使ってしまった。高度の瞑想状態で使うべき術であり、眠りながら用いるべきものではない。自在夢を操る者が、ごく稀に発動させてしまうことがある。転輪王の夢と言う術なんだけどね。意識と無意識の間を自由に行き来するだけでなく、さらにその下にまで潜って宇宙全体の姿を見てくる術だ。

 個としてのラグは、クラインの壺に潜り込む要領で、深く彼自身の意識の奥へと入り込んでいった。まず第一層の意識、ここには個人的な日常の記憶が、まばらに散らばっている。意識を無にしてとおりぬける。

 続いて、第二層、ここには、古い記憶がぎっしり詰まっている。ここにも、ラグ個人の情報しかない。

 さらに、第三層。このあたりはただ生命の持つ透明な輝きがあるばかりである。

 普通、瞑想は、このあたりまで来れば最も深いと言われるが、霊魂の指導者はさらに深く潜らなければならない。

ラグは、第三層を滑り落ちるように通りすぎた。この先では個という枠を脱ぎ捨てなければならない。自在に生まれ変わり、すべての生まれ変わりの記憶をたどることの出来る者を転輪王という。生まれ変わりというものが実際にあるのかないのかは、問題ではない。転輪王というのも、あるプロセスにおける装置と考えればよい。ただ、転輪王の夢という術を発動し、個という枠を脱ぎ捨てたとき、劇的な変化がおとずれる。

 第四層。ここには魂がその根底でつながっていることの証がある。全ての意識が融合し、その記憶の全てが蓄積されている。大量の記憶が、大きな波のように、うねり、渦を巻き、泡立っている。転輪王の夢の術者は自らを思い切って、最も恐ろしげな渦の中心に投げ込むのだ。激しい渦のなかに転輪王はある。

  渦を目前にしてラグはためらった、正しい手順で発動した術ではない。が、なかば引き込まれるように渦の中に飛び込んでしまった。

 内部は激速の記憶の嵐である。風景が、人生が、おそろしい勢いで通り過ぎてゆく。その勢いに流されず、おそれをなさずに望みの知識を招き寄せる事が肝要である。ラグは冷静にサン・ジェルマンの印象を探した。

 巨大な記憶塊が向こうから近づいてきた。

「数千年も生き続けた人間の記憶塊とは、これほどのものか。」

 ラグはそっと意識上の手を伸ばし、触れた。記憶塊から言葉が流れ込んできた。

「遅かったな。」

 その印象はマルコムのものだった。 

「おや、マルコムかい。」

「そうとも。ここにおいらがいることを知るものは少ない。」

 記憶塊は魂と呼び代えてもいい。人ですら魂を持ち得ぬものもいる。

「そうか、君が魂の巨人であったことを深く僕の記憶にとどめておこう。」

「無理だな。正しい手順で発動させた術ではない。半ばおいらが呼び寄せたようなものさ。イピにもこの方法を用いた。」

「夢に入り込むことが出来るというのか。君はいったい何者だ。」

「情報センターの仮想ロボットだよ。長く知的活動に携っているといろんなことが出来るのさ。」

「詳しく聞きたい。」

「おいらはいいよ。ただし、状況はせっぱつまっているぜ。一つ忠告しておこう、おいらは情報センターのモニターを現在も見続けているんだけどね、おまえの肉体は呼吸をやめているぞ。」

「そんな。」

「心拍も止まっている。」

「まずいな。僕の体が死んでしまう。よく働く体なのに。」

「早く戻るんだな。」

 ラグは転輪王の夢から覚醒しようとした。ところが、肉体からの吸引力が弱く意識の方向に浮かんでいかない。

「戻れない。」

 出口を求めて狭い穴の奥深くまで入り込み、身動きできなくなってしまった気分だ。暗いコンクリートの排水溝に面白がって入り込んでいくうち、だんだん狭くなって体がつかえてしまい、身動きできなくなってしまった経験、ありますか。さらに懐中電気まで落としてしまって真っ暗になるというおまけつき。

 マルコムの記憶塊が離れていく。

「マルコム、助けてくれ。」

 ラグは心の叫びをあげた。

 情報センターの丸天井に非常ベルが鳴り響いた。ラグの座っているブースに赤いビーコンが点滅している。ラグの体はイスに腰掛けたまま動かない。顔色に血色はなく、閉じられた目のまわりに青黒い死の縁取りがなされている。

 午前中の講義を終えて情報センターに来ていた候補生たちは、けたたましいベルの音と赤い点滅光に色めき立った。めったにない非常事態だ。ビーコンは、通常、書籍搬送用の小型ロボットが移動標識として用いるものである。数人の候補生が赤い光の点滅しているブースに駆けつけた。

「なんだ、どうした。」

 候補生の一人アイス・マンがラグの肩をつかんだ。その肩は暖かかったが生命のもつ決定的なものに欠けていた。

「癒やしの心得のある者はいないか。」

「僕に任せろ。」

 候補生たちの垣根を分けて、ヌーク・ガイが現れた。ヌークは人の体についての知識が抜群である。ヌークはラグの顔を一目見るなり、ラグの体を抱き上げ、床に横たえた。さらに馬乗りになって心臓マッサージを始めた。何度かに一度額に手を当てて意識のありかを探っている。

「どんな様子だ。」

 アイスはヌークの顔をのぞき込みながら尋ねた。

「よくない。まるで意識というものがない。心臓を動かすことすら忘れたって感じだ。なぜこうなったか原因がわからない。」

 ヌークは息を吸い込みラグの鼻をつまんで口に吹き込んだ。

「全く反応がない。」

「手伝おう。どうすればいい。」

 アイスが熱く申し出た。

「彼の腕を上下させて呼吸を確保してくれ。僕は心臓を押し続ける。少なくともこれで脳の崩壊をくい止めることは出来だろう。医療チームはまだかな。」

 机のモニターにマルコムのホログラムが起動している。

「救急医療チームはこないぜ。掲示板に旅行届けが書き込まれてある。ドクター総出だ。ナース連中も一緒。」

「なんてことだ。」

「不在の間は病気にならないで下さい、とのことだ。」

 マルコムは気楽な調子だ。

「それじゃあ、僕たちで何とかするしかない。」

「どうする。」

「おいらは一部始終を見ていたぞ。何が起きたのか教えてやろうか。」

「たのむ。」

「ラグは夢を見てたよ、そのうち何かに気をとられて眠りながら術を使った。彼の意識は一番深いところで、もがいているはずだ。」

「それなら、、、。」

 ヌークはラグの意識をノックすることを考えた。扉を叩いて死の眠りを覚まさせるのだ。ヌークはラグの額にあてた手に意識を集中し声を出して呼びかけた。

「起きろ、ラグ。」

 その言葉はマッサージにあわせて繰り返され、アイスや他の候補生たちも声を合わせて呼びかけた。

 ラグの意識は第四層の激流の中にあった。

流れにもまれて光を失いかけていたところだ。何かが自分を呼び続け急速に引っ張り上げようとしている。

「ラグ!」

暗い穴の向こうに明るい光が見えた。光は次第に強くなり、一気にその中に飛び込んだ。

 ラグが苦しそうに顔をしかめた。顔色に血の気が戻っている。

「やった。甦生したぞ。」

 ラグは、跳ねるように半身を起こした。のどと胸を押さえて激しく呼吸する。

「・・・・・・・!!」

「おい、ラグ。僕がわかるか。」

 ラグは肩で息をしながらヌークを見た。そして頷いた。

「よし、もういいだろう。」

 ヌークはそう言って立ち上がった。

「少し落ち着いたら、外で風を受けたり陽を浴びたりして散歩してくるんだな。体の調子が戻ってきたらゆっくり眠るといいだろう。」

 ヌークはそれだけ言って立ち去った。アイスもラグの肩を軽く叩いてから席に戻っていった。

 ラグには礼を言う余裕はなかった。何しろたった今まで瀕死の状態だったから。

 マルコムのホログラムがラグに言った。

「勉強のしすぎは体に毒だな。」

「まったくだ。死ぬほど勉強したよ。」

「よく寝てたぜ。」

 まだ、呼吸がおさまらない。

「寝過ぎもだめだね、あとは外で遊ぶことにするよ。」

 ラグはそう言ってブースを後にした。書籍搬送用小型ロボットがラグの後ろをついて走り、そのカメラアイがラグの姿を捕らえ続けている。

 マルコムは、イピとラグのチェックボックスに印を入れた。

 

 

 

 

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