4  マスコット

 

 翌朝、事務室の掲示板に派遣実習に関する張り紙がなされた。

「辺境人物誌 第一回派遣実習 

  選考方法       レポート審査、

             極端に特殊なフォーマットは用いないこと。

  提出期限             七日以内

  派遣人員       三名

  派遣期間       現地時間で 三十日

                  質問は受け付けない。フォーマ教授。」

おおむね予想された内容だったが人員が三名というのは少ない方だ。イピは、確認を済ませると睡眠不足でぼんやりした頭を熱いコーヒーですっきりさせることにした。マルコムからもらったマスコット・ツールがさっぱり起動しない。小鬼のマスコットが立ち上がりそうになるとすぐにまた眠り込んでしまう。その原因がわからず、ほとんど徹夜で端末機と格闘した。

イピは学舎に設置してあるコーヒーサーバーからカップを受け取り、熱いアロマを吸い込みながら、何気なく学舎の窓の外を見た。ヌーク・ガイがゆっくりした足取りで登校してくるのが見える。ヌークは、いつもながら遠目からでも一目で高級とわかる仕立てのよい服を着ている。イピは唇を丸めるだけで指笛のような鋭い口笛を吹いた。これはイピの特技である。

「ヌーク、コーヒーを飲まないか。早く来いよ。」 

 ヌークは、イピを見つけると愛想良く笑顔を見せ、一瞬後には、イピの側に立っていた。その手には、すでに湯気のたったコーヒーカップが握られてある。

「今日のコーヒーはうまい。」

 イピは、カップを指さして言った。

「眠らなかったのか。」

 ヌークはイピの赤い目を見ながらおかしそうに言った。

「ああ、ちょっとした問題に突き当たって頑張っているところだ。君はどうだ。」

 ヌークは、知り合いの学芸員に資料集めを依頼していることを、かいつまんで話した。

「派遣人員が三名というのは少ないな。せめて五人ぐらいの枠は欲しかった。」

「フォーマ教授もいろいろと配慮を要求されるのさ。一人じゃなかったことを感謝すべきだ。三人のうち、一人はイピ。もう一人はこのヌーク・ガイ。あと一人は誰だろうなあ。」

「どこから、そんな自信が湧いてくるんだ。」

 イピは熱いコーヒーをすすった。ヌークはにやりと笑っただけだ。

 二人はレポートの作成手順や展開方法について話しながら法律論の教室に向かった。

 アカシ教授は、きわめて感じのいい紳士で、身だしなみも立ち振る舞いも申し分ない。仕立てのよいスーツの着こなしには一分の隙もなく、席につくと背筋が伸びて不動となる。遺憾なことながら、そんなアカシ教授の講義は、おそろしく退屈だ。法律は理論である。奇想天外に展開するものではなく、倫理観が常に反映する。様々な例をひもときながら一貫した筋を見いだす作業はつねに倫理的配慮によって修正され一点の疑問をも残さないように整理されておかねばならない。什箱の隅をつつく行為とはこれじゃないかな。アカシ教授は、そのあたりのことを、こと細かく、間違いなく説明していくのだが、説明すればするほど、講義は退屈になっていくのだ。アカシ教授に多少でもエンターティナーの素養があったら、もう少し聞き易くなるのだが、教授は、法の作り方と運用の仕方以外には興味を持たないので、講義のはじめから終わりまでを全く同じトーンでしゃべり続ける。

 アカシ教授には、信念があった。法律には感情が入り込んではならない。純粋に理論として成立しなければ、運用の際にまともに機能しないからだ。宙導師は、正義に基づいて行動しなければならない。アカシ教授は、宙導師候補生に正義を説き続けた。イピは、急降下で眠りに落ちていった。

イピは、夢を見た。もやついた世界の中で足先が妙に暖かい。ふとみると子犬のようなものがうずくまって眠っている。イピはそれを足でつついた。ひょいと顔を上げたそいつは小鬼の顔をしていた。迷惑そうな顔つきが、「寒いんだよ。」そう言っているような気がした。「ヒーターを点けてやろうか。」

イピの問いかけは、イピ自身に戻っていった。夢の中だからね。ヒーター、、、、。

 夢はたいてい何かを考え始めたときに醒めてしまう。懐かしい人に出会ったとする。やあうれしいよ、会えて。最後にあったのはいつだったかな、、、あれはそう、君が死ぬ三日前に会ってるんだ。あれっ、君は亡くなった、、、のか。そう考え始めると、夢に見た人は急速に褪せてゆき、毛布にくるまった自分と向き合う。寂しい瞬間だ。

「そうか、オーバーロードを警戒するあまり処理装置の速度を下げ過ぎた。それで立ち上がらなくなったのかも。」

 イピは目覚めた。浅い眠りに落ちることで、疲れがとれ、おまけに懸案の問題も片づきそうだ。夢が時として難題を解決する事はよく知られている。ただし、解決を夢にゆだねて眠ってばかりではだめです。

 どうにか講義も終わった。イピはキラの姿を探した。キラ・バニアは快活な緑色の瞳と弾むような印象をもった女性候補生でイピの数少ない女友達である。キラの姿はすぐに見つかった。

「やあ、キラ。」

「元気そうね。」

 キラはきれいに並んだ白い歯を見せた。イピはこの明るい顔が好きだった。

「今日は睡眠不足なんだけどね、さっき少し眠ってしまったせいで元気になったよ。」

「何で睡眠不足なの?」

「レポートの準備さ。辺境人物誌の派遣実習に行くつもりなんだ。」

「フォーマ教授の?」

「ああ。キラはどうするんだ。」

「わたしは、今回はパス。だって地球って野蛮なところでしょ。」

「そうか、ひょっとしたら君もねらっているんじゃないかと思っていた。」

 キラは軽く首を振った。

「でも、イピ。実際に行くことになったとして、あなた大丈夫なの?」

 ヌークがやってきた。

「やあ、キラ。何か面白い話かい。」

「派遣実習のことよ。」

「ああ、それか。イピは燃えてるぞ。でも、イピは地球への情熱というより、派遣実習そのものに燃えている。ま、それでもいいんだが。おかげで僕までエントリーすることになった。」

「へーえ、あなたが。」

「そうさ、派遣実習なんて時間の無駄だと思っていたけどね。今回は見てろよ。」

「頑張ってね。あなたが一緒ならイピのことも安心だわ。」

「おい、それはどういう意味だ。」

 イピはキラの言葉にこだわった。

「そうとんがるな。心配してくれるだけ有り難いと思えよ。」とヌーク。

 確かにイピは、地球に派遣された後のことは考えていない。イピにはヌークのような対外的に強力な術がない。いや、正確には、あるにはあるのだが咄嗟の役に立たない。

「僕にだって強力な技があるんだ。」

「ないとは言ってないわ。」

「ふん、馬鹿にするがいいさ。古風な術だからな。」

 キラは緑の目を見開いてイピを見つめた。

「馬鹿になんかしてない。あれは立派な術よ、でも瞬時に発動できるように改良しておかないと危険回避には役立たない。」

 イピが最も指摘されたくない部分だった。ゼーランドに集まる候補生たちはたいてい何かの術の手ほどきを受けてやってくる。最近では、いくつかの念力を組み合わせて派手な効果をあらわす術が大はやりだ。ヌークの術は時間を飛び越えるという古い術を、極めて小刻みに連続的に行うことで元の術とは全く異なった効果を生み出す。また、この術を攻撃に用いた場合その破壊力は絶大だ。ヌークはそれを身につけている。原理は同じでも火縄銃と最新型マシンガンほどの差があるわけだ。それにくらべて、イピの術は古式ゆかしいレビテーションである。じっくりと念動力を高めれば、周囲にある物体ごと浮き上がることができ、かなりの速度で飛行することもできる。これはアベスタの聖人にのみに伝えられる最高の奥義のなかの奥義なのだ。しかも平和的なものである。火薬を、銃ではなく花火に用いる考えに近い。これは生涯にわたって大切にすべきもので、改良なんぞという軽薄な真似はできないのだ。ところが、ゼーランドにやってきて他の候補生たちのしゃれた技を見るにつけ、その古くささを最も敏感に感じているのは不幸なことにイピ自身なのである。

「キラ、この話はもうやめよう。君と諍いをする気はない。」

 キラは肩をすくめて見せた。はじめに突っかかったのはイピなのだが、それをわざわざ蒸し返すほどキラは愚かでない。

「がんばってね。イピ、それにヌーク。集中して学ぶのはいいことだわ。もし、選考に漏れても気にしないようにね。」

 キラはそう言い残して次の教室に急いだ。イピたちとは別の課程を履修している。

「キラの奴、何かを予知したのかな。」

 ヌークがぼそりとつぶやいた。キラには予知能力が備わっている。

「そうでもないだろう。転ばぬ先の杖というものさ。」

「いいや、キラの言葉は検討の価値がある。フォーマ教授は試験の採点にずいぶんおざなりだという噂もあるんだ。ようし、ちょっと調べてやろう。」

「どうやって調べるんだ、それに、そこまでする必要はないんじゃないか。」

「気にしないでくれ、僕の趣味だ。傾向をつかんで対策を練るのが好きなのさ。」

 じゃあな、といい残してヌークは去った。ヌークは世間知に長けている。おぼこいイピとは違って、フォーマ教授の採点方法を調べるようなきわどい事もできるのかもしれない。

あたりが急に静かになった。次の講義があるものは、別の教室へ行ってしまい、用務員がモップを片手に教室に入ってきて床の清掃を始めた。ときおりからりと鳴るバケツの音だけが静かな教室に響く。

にぎやかな学校の中にも急に一人の時間ができることがある。イピはポケットから端末を取り出した。手の中で端末を転がし、いくつかの設定を変更してみた。演算速度を最大にしてマルコムにもらったツールに負担をかけないようにするのが目的だ。

「さあ、起動しろ。マスコット。」

 イピは音声で命じた。端末は過負荷を訴え、ちらつきながらイピの意識野に小鬼の像を浮かび上がらせた。

「お、とうとうやった。」

 小鬼の心象像はさかんに口を動かしているがイピの意識に同調しない。とりあえず設定を変更して音声デバイスを接続してみる。 

「まぬけ。やっと起動させたのか。いったい何度失敗したんだ。おまえなんか、宙導師にはなれないぜ。」

 ずいぶん口の悪いマスコットだ。マルコムでもこれほどではない。用務員がモップを床に滑らせながらイピの方に近づいてきた。マスコットとのやりとりに興味があるらしく聞き耳を立てている。

「マルコムから受け取ったデータを整理しようと思う。」

「ちぇっ。そんな曖昧なコマンドじゃ動くわけにはいかないね。もっとスマートに命じることができないのか。まぬけ。」

「では、圧縮されたデータを展開せよ。」

「だめ、だめ。そのまま展開したら。ブラック・アウトだ。展開しなくてもそのまま読める。そんな方法も知らないのか。おまえ馬鹿だな。」

 イピは次第に不快になってきた。こいつはガラが悪すぎる。

「早く次の命令を出しな。待ちくたびれてしまうぜ。イピよう。」

 単なるプログラムにこれほど罵倒されるいわれはない。イピは、むかついてしまった。

「マスコット・プログラムを終了せよ。通常モードで再起動する。」

「おい、待てよ。おいらは常駐するように書き込まれてあるんだ。」

 イピはすでに頭に来ていた。

「知るか。では、マスコットを破棄する。基幹領域に残ったマスコット関連キーのすべてを検索して破棄、初期設定にもどす。」

「待ちなよ。そんなことをしたら、おまえのプライベートな領域のデータも壊れてしまうぞ。おいらの支配はこの端末のすべてに及んでいるんだ。」

「大事なものはすべてバックアップをとってある。おまえはマルコムの分身かもしれないが、ずっと出来が悪い。」

「へん、わかったよう。これが最後の確認だ。ほんとにいいんだな。おいらのせいじゃないぜ。おまえの設定が悪いんだ。」

 いつの間にかイピのそばまで来ていた用務員が、不意に首を伸ばしてイピの端末に音声入力した。

「マスコット破棄をキャンセル。基幹領域のマスコット関連キー検索をキャンセル。」

 イピは用務員の顔をのぞき込んだ。まだずいぶん若い。

「何をする。君はいったい何だ。」

「僕は、ドウ。用務員のアルバイトをしている。たとえ、君のものであってもそのマスコットを消去するのは惜しい。それ、マルコム型の最新バージョンだぜ。マシン・メンテナンスを含むすべての設定をマスコットに任せてしまうといいんだ。」

「えっ、そんなことができるのか。」

「出来るとも。」

ドウとマスコットが声を合わせて答えた。

イピは機関部の物理スイッチの組合わせを変更した。端末機はちらつきがなくなり振動もなくなった。安定したのだ。ブラボー。

「いやー、危うく消されてしまうところでした。」

 マスコットの口調が変わった。イピは驚きの表情でドウを見た。ドウは軽くウインクしてモップ掛けの仕事に戻った。

「ありがとう。」

「ああ。」

 ドウ臨時用務員はせっせとモップがけをはじめた。そのまま速やかに端の方まで行ってしまう。イピは、もう少し話したいと思ったが仕事の邪魔をすることがはばかられた。

「マスコット、マシンの状況を把握できるか。」

「現在、最適なパフォーマンスが得られる状況にあり、音声を含む心象イメージをあなたの意識に結ぶことも可能でございます。ただし、音声付きホログラムのほうがより高速な反応を期待できます。」

「ホログラムにしてくれ。」

 机の上に小鬼のイメージが現れた。マルコムそっくりだが、やけに顔つきが神妙で言葉遣いも変だ。イピには独特のしゃべり方を含めたマルコムのイメージが強烈なのでマスコットがしゃべる度に違和感を覚える。

「なあ、本家のマルコムのしゃべり方はできるか。」

「真似はできます。ただしマルコムのペルソナ(表層人格)は膨大な知的背景を覆い、利用者に心理的抑圧を与えないように配慮されて構築されたものなのです。本来なら、大哲人のペルソナを形成する方が自然でしょうね。」

「なるほど。」

 小鬼のホログラムはやけに真面目な顔つきだった。それが、イピにはどうにも馴染みづらい。

「マルコム風に話してくれ。」

「使用者が使いやすくするのが一番ですからね。えーっ、それでは、、、マルコムの語り口を構成するのに微調整が必要だからしばらく経験値を積むことにする。」

 イピは大いに満足した。これほど自然なインターフェイスが得られる事は少ない。

「資料からサン・ジェルマンの肖像、容貌や服装についての記述を拾い出して投影してくれ。」

 イピの命令は速やかに実行された。隣の席に小柄な紳士の三次元静止映像が現れた。

 三十代後半ぐらいの男性、やや小柄、髪は黒っぽく矢印のようにとがった鉤鼻が特徴的。目元と口元に皮肉屋の笑みを浮かべている。いいぞ。この調子。

 服装は、実に豪華だ。一流の仕立屋に金に糸目をつけずに作らせたものであることがわかる。金糸をあしらった黒っぽい服が実によく似合っていた。大粒のルビーを服のボタンに嵌め込んで使っている。透明度の高いサクランボ大のダイヤをプラチナの台座に納め、五十個ばかりつないで手首に巻き付けてある。彼はダイヤの瑕を消せたというが、確かにブレスレットのダイヤは、無傷、無欠点だ。黄金を自分でつくっていたともいうから、使い切れないほどの大金持ちだったに違いない。

 イピは、類推、連想プログラムをスタートする。

「何か喋らせてみろ。」

 静止映像が動いた。息を吸い込み、全身の筋肉や骨格が動く様子が映し出される。甲高い声でかすれ声で何事かを語り始めた。イピは、すっかり嬉しくなってしまった。自動翻訳プログラムを追加起動する。

「、、、、なのだ。私は、食事をしないのだよ、いや、全く食べないのではない。時々カラスムギをほんの少量口にする。あとは、水と、自分で調合した丸薬を飲むだけだ。ワイン?腐りきったブドウの汁を飲んだりしたら、腹具合が悪くなるからね。飲むのは清潔な水だけだ。だから、私の食事の準備をする必要はないのだよ。いいや、料理人は雇ったよ。諸君は、社交というものを知らないのかね、客を歓待するための小道具は一流の料理と話題、それにほんの少しだけ辛口の演出だよ。」

 なるほど、このような嘘八百を並べ立てていたわけだ。この雰囲気は詐欺師そのものではないか。

「僕はもっと誠実な人物であったと思いたいね。声のトーンも変えてくれ。」

 イピの指示でホログラムの雰囲気が、がらりと変わった。

「礼儀といえば、プロシアのフリードリッヒ大王について語ろう。彼ほど礼を尽くす人物は、他に例を見ない。私がベルリンに着くと、彼はいつも最高のカラスムギを用意してくれていた。大王、自らが庭に出て穂先をつみ取ったものだ。歓待というものは、心だよ。彼がローゼン・クロイツによって時のローマ法王からの精神的自立を目指していたことは知っているか。最後に重要なものは、精神の完全な自立だ。この意味が、諸君に理解できるか。何者にも屈しない、また、何者も踏みつけない。真に高貴な精神だ。」

「こんな、カチコチのおっさんでもないと思うなあ。もっと闊達な雰囲気が必要だ。」 

イピは、マスコットの手を借りてホログラムの完成度を高める作業を続けた。

 

 

 

 

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