2 情報センター

 

情報センターは図書館の内部にある。

ゼーランドに蓄積された膨大な情報量は、日々さらに増えていく。新しい情報をどんどん蓄積していくことは大事なことだが、古い蔵書をいつでも読める状態に保ちながら公開することも重要である。紙に文字を刷り込んだ書物は常に情報装置の王道にある。読み取りのための端末機を必要としないし、機種の新旧によってアクセス不可能な媒体に出くわすこともない。ところが保管場所に大きな容積を持った空間を必要とする。図書館のほとんどの空間を占めているのはこれらの書庫なのだが、検索が大変で、特に徹底的に古い書物はへたにつかみ出すといつバラバラに崩れてしまうかわからない。怖くて触れない古書も多いのだ。情報センターはそのような利用者の便宜のために蔵書のすべてを記憶装置に写し取りモニター画面で読みとることができるようになっている。

 イピはずらりと並んだ個人用のブースの一つに腰掛けた。目的の図書は手始めにフォーマ著、近世地球誌全二十巻。相当の文字量が詰まった堂々とした専門書である。イピは自前の端末機をポケットから取り出した。ころっとした三センチほどの水晶玉に見える。候補生はそれぞれ自分の端末機を持っていて、イピの手のひらにあるこの端末はイピ自身がチューンした強力な処理能力を持っている。イピはブースのモニター画面の横にあるアタッチメントに手早く玉を取り付けた。ついで、意識上の触手をのばして端末装置にコマンドを打ち込んでいく。心に目のある者には、イピの頭から何本ものぼやっと光った触手がのびているのが見えるはずである。

「情報検索ロボット、マルコム起動。直接検索、類推検索、目的の語句はサン・ジェルマン、文脈の続く限り周辺語句を記述。検索速度最大、描画速度無制限。」

 イピの端末は打ち込まれた命令を無機的な合成音声で読み上げ、順調にそれを実行していく。

「おい、やめろよ。」

 突然、モニター画面に小鬼のイメージが現れて警告した。イピの端末が不機嫌にちらつく。

「無視して継続。」

 イピは全く無表情に、コマンド入力を続けた。

「やめろ。やめないと破壊アプレットを送り込むぜ。」

小鬼は本気で怒っている様子だ。

「警告は無視、破壊目的の小プログラムはすべて破棄。」

 イピは全く気にしない、マシンの性能をぎりぎりまで引き出すことが楽しみでもある。

「このやろう、どうするか見てろ。」

  小鬼のイメージはいまいましそうに歯を剥いて見せた。

 情報センターのホール全体にさわやかな音楽が流れた。これは館内アナウンスに先だって流される短いメロディーである。

「候補生イピ・アベスタ・ユーム。プログラム保護規定違反のため十五分間のアクセス禁止処分を実行します。」

 情報センターのホール全体に、実にやわらかな声で、イピにとってきわめて不愉快なアナウンスが流れた。イピは思わずホールの丸天井を見上げた。イピのことを知っているらしい図書館の司書たちのくすくす笑いが聞こえた。

「なぜだ。いつもこうしてるのに。」

 モニターに向かって尋ねても何の反応もなかった。十五分ばかり待つ必要がある、イピはむっつりと押し黙るしかなかった。

 不快な出来事はいつも束になってやってくる。所在無くモニターに背を向けて座っているイピに向かって、華やかな数人の男女が近づいてきた。男一人に五、六人の女性たちと言った方が正確である。男は百メートル先からでもくっきりと際だつ鮮やかな存在感を持っていた。ラグ・シャヒルだ。イピの姿を見つけて百万チップの笑顔を輝かせながら近づいてくる。

「ちっ。」

 イピは思わず舌打ちをした。ブースはほとんど空いているのに、明らかにイピの隣のブースめがけてやってくる。

「やあ、イピ。君の隣に座ってもいいかい。」

 ラグは、すてきな笑顔と澄んだ声でイピに話しかけた。親しげに話しかけたラグの声を聞いて、イピを取り巻く女性たちの口からため息が漏れた。それなら、ラグが愛を語りかけたらどんなことになるのだろう。瞳孔が完全に拡散してしまい、ため息がピンク色になるのは間違いない。

「勝手にしろよ。」

 イピの無愛想な返事が女性たちの山盛りの反感を買うことになった。美貌で有名な候補生エルゼ・バートリがイピをねめつけた。美しい女がにらむと独特な凄みがある。イピはすっかり気後れがしてしまった。

「こんな人は放っておいて早速調査を始めましょう。そうね、フォーマ教授の著作から資料を集めるのがいいと思うわ。」

 エルゼはラグを席に着かせてから、机の縁に形のいいお尻を軽く乗せ、すらりとした脚を披露した。イピはその脚に思わず視線を奪われた。足首から上までずーと見上げていったところで、エルゼと目があった。エルゼは勝ち誇ったようにつんと鼻を突き上げた。イピは苦虫をかみつぶした顔つきになった。

美しい女は、多少の例外をのぞいて大体が性格もいいものだ、余計なコンプレックスに悩むことがなかったことが精神の発達に好影響をもたらす。が、エルゼの場合は例外の方だろうか。イピは絶対に例外の方だと思った。

「サン・ジェルマンの交際相手からあたってみよう。人の本質は交遊関係に表れる。情報検索については司書の君が専門だね。」

ラグは取り巻きの一人に歌うような調子で語った。

なんと司書にまで手を伸ばしているのかと、イピは今更ながらあきた。手持ちぶさたなこともあって、ブースの仕切り板から身を乗り出して覗き込んでみると、女性司書が手際よく書籍を検索していく様子が見えた。

宙導師図書館の司書ともなると専用の特化した検索プログラムを持っている。モニター画面は猛スピードで次々に切り替わり、目障りな小鬼のイメージなどかけらも出てこない。エルゼは画面を横目で見ながら賢しげに拾い読みを始めた。

「この資料は評価できるわ。千七百六十年、場所はパレルモ。当時、神学校の生徒だったジュゼッペ・バルサモは後にカリオストロと名乗る。、、ふうん、どうやらこのころに錬金術についての手ほどきをサン・ジェルマンから受けているようね。面白いわ、カリオストロは獄死するまで、、、、、。ねえ、ちょっと。イピ・ユーム、あなた、こっちばかり覗いていないで、ご自分の作業をなさったらいかが。」

 エルゼは、仕切り板の上から覗き見をしているイピが目障りらしい。

「イピにも見せてあげればいい。彼の参考になるのならね。もっとも彼の情報装置の扱いは僕らよりも数段うわ手なんだ。」

ラグは仲裁役をかって出た。ラグが時折見せる挑発的な態度と、紳士的な交際術はイピにとって不可解なものだったが、今は司書の操るプログラムの働きを見る方が忙しかった。

「すごい検索エンジンだね。それ、見たことがない。」

 イピはラグとエルゼを無視して仕切り板から首だけをつきだし、若い女性司書に尋ねた。

「エンジェルっていうのよ。マルコムの検索エンジンで動いているから、検索力は変わらない。マルコムはすごいプログラムだけど気むずかしいから、使いこなせる人がいないの。でも、これなら素直にいうことを聞いてくれる。」

 画面のすみに天使のマスコットが動き回っている。

「いいなあ、それ。」

「あなたにも使わせてあげたいけど、これは司書専用だから。」

 でかい態度のエルゼの隣で身をかがめながら検索を続けている司書は、優しくイピを牽制した。柔らかな物腰は性格のよさを表している。

「君はいい。とてもいいよ。何で君のような娘がエルゼみたいなものと一緒にラグなんぞの取り巻きになっているんだろう。」

 イピの口からふと正直な感慨がもれてしまった。

「なんですって。」

 エルゼがイピの言葉を聞き咎めた。エルゼは自分かラグのいずれかをおとしめるような言葉に激しく反応する。今の場合は両方だからきつい。

「みたいなものって何、なんぞって。あなたって本当に感じが悪い。自分の席に戻りなさい。」

 このときホールに再びさわやかなアナウンスが流れた。

「候補生イピ・アベスタ・ユームのアクセス禁止を解除します。」

 これはエルゼにイピを攻撃する格好の口実を与えた。

「処分を受けてたの。はっ、いー気味。クラッカーには用はないわ。」

「クラッカーのなんたるかも知らないくせに、うるさいぞ。」

 イピはすっかり嫌になって首を引っ込め、自分のモニターに戻って小鬼のイメージホログラムに質問した。

「アクセス制限を受けた理由を聞きたい。」

 小鬼のイメージは即座に答えた。

「改造マシンの特定周波がホストに負担をかけている。クロックを落とせ。さもないとまたすぐに処分をうけることになるぜ。」

どうやら先日行った端末への改造が原因のようだ。

「わかった。」

イピはマルコムの指示に素早く応じた。

「検索は完了しているか。」

「全部終わっているよ。おまえが間抜けな足止めを食らっている間に、類推係数を最大にし目的書籍の制限を超えて探してやった。おいらの力をばかにするんじゃねえぞ。」

 これがマルコムの力なのだ。

「いいぞ、端末の記憶層にコピー。」

「入りきらないね。多層ディスケットを用意するんだな。」

目的のディスクは手元にないし、取りに帰るには時間がかかる。

画面の小鬼がにやにや笑っている。この仮想ロボットはまるで本物の人格を持っていると思うことがイピにはある。

「端末の不要な領域を開放するよ。どれだけの容量を確保すればいいんだ。」

「おまえの端末の全体をおいらにスキャンさせてくれたら、最小の損失ですむぜ。」

 情報収集のために作られた仮想ロボットの宿命的性格である。あらゆる機会をとらえて情報を集めたがるのだ。イピの端末にはプライベートな情報がたくさん詰まってある。それを、たとえ相手がロボットであるとはいえすべて覗かれてしまうことには抵抗がある。

「どうするんだよう。いやならいいんだぜ、またはじめからやり直すんだな。ただし、また同じ情報が集められると思うなよ。おいらは毎回同じ事しかできない能無しとは全然違う。それに今回はおまえにちぃとばかり同情したから、その分サービスしてやったんだ。」

「この悪魔め。僕を追い詰めたつもりだな。よし、いいだろう。」   イピは端末に手をかざし、意識の触手を束にして使い、ディップスイッチを切り替えて物理的にプロテクトを外した。

イピの端末が七色の光を放ちはじめた。マルコムはイピの端末をものすごい早さでスキャンしている。

「おい、あんまり無茶するな。回路が焼け切れてしまう。」

「ふん、大丈夫だよう。マシンの限界は誰よりもおいらの方がよくわかる、なにしろこの端末は今おいらの体の一部なんだから。いやー、それにしても面白いなあ、こいつらはおまえの何なんだ。」

 モニター画面に、端末の記憶層にしまってあったアベスタの聖人たちの肖像が次々と映し出された。

「こら、勝手に見るんじゃない。」

「見えちまうんだ。見えたら、これは何だろうと考え、その疑問について調べるようにおいらは作られてある。」

「しようがないな。それは、僕の養育者たちだ。寺の坊さんだよ。」

「へえ、そうなのか。」

 その声は、小鬼のではなかった。聞き覚えのある声は後ろから聞こえた。隣のブースでのやりとりを耳にして、ラグが興味を持ったらしい。イピはあわてて振り向いた。ラグが見ていると、取り巻きの女たちも釣られて見るのだ。イピの背後には小さな人だかりができている。

「君たちは遠慮しろよ。プライベートなことだ。」

 モニター画面には次々にイピの端末機の奥深くにしまい込んである情報のうち、マルコムの注意を引いたものがめまぐるしい早さで映し出されている。画面に疑問が生じたとき小鬼から質問が発せられる。

 画面が停止し、墓碑のような四角く切り出された石板が映し出された。

「おい、これはなんだ。三行詩が刻んである。

さみどりの芝生よ、

かろく軽やかに茂れ、いとしきわが子の石をおおうまで、

さようなら、われらの子、イピ・ユーム。」

 アベスタでは二度と故郷に戻らない者のため、生前に墓碑をたてる習慣がある。イピがそう説明した。

「言葉の響きはいいね。」ラグ

「でもちょっと寂しいわ。」女1

「アベスタより私の故郷の方が遠いわ。ずっと楽に帰れるでしょうに。」女2

「お坊さんだから、お墓を作るのが好きなのよ。」女3

 イピは、やわらかな心の襞を異邦人の指で広げられて観察される気がした。

「マルコム、モニターを消せ。」

 イピはそう命じてから、ギャラリーを振り返った。

「君たちは見るな。これは公開資料じゃない。僕だけのものだ。ふと思い出したときにそっと一人で見るんだ。」 

「自分の殻に閉じこもって感傷にふけるなんて、暗いわ。それにプライバシーなんてとっくに死語になっている。」

 エルゼがくびれた腰に両手を当てて宣言した。

「底意地の悪い奴には、わからない感情さ。」

イピの言葉にエルゼは目を剥いた。

「まあ、なんて言い草なの。」

 エルゼとイピの間に小鬼のホログラムが浮かびあがった。

「イピ・ユーム、モニターは消してやったぜ。」

 マルコムが珍しくイピの味方に立った。

「おいらのマスコットをおまえの端末につくっておく。こいつは役に立つぜ、何にでも使える優秀なプログラムだ。そのかわり、マスコットの扱った情報は、次につながったときおいらに提供してもらう。いい取引だろう。」

「まあ、マルコムのホログラムね。」

 司書が小鬼を指さして歓声を上げた。

「勝手に妙なプログラムを書き込むまれるのは好きじゃない。」と、イピ。

 小鬼は司書に向かって別の顔を一つ作り、まじめな口調で話しかけた。

「お嬢さん。いつもエンジェルばかり使っていないで、たまにはおいらを使ってみな。ただし変な使い方をしやがるとへそを曲げるぜ。」

 エルゼは腹立たしい感情の矛先をすっかりマルコムに横取りされてしまった。

「マルコムなんて、ただの記号の集まりじゃないの。何よえらそうに。」

 小鬼はエルゼをにらんだ。

「候補生エルゼ・バートリだな。学業評価はB、A、B、A、B、C、A、か。なんだ大したことねえなあ。おいらを馬鹿にする奴はおいらのサービスは受けられないぞ。」

 エルゼも負けていない。

「何で私の評価を知っているのよ。仮想ロボットのくせに。」

「おいらは何でも知ってるぞ。プライバシーがどうとか言ってたな、いっちょう恥ずかしいのをばらしてやろうか。ゼーランドに設置されたカメラアイの大半がおいらの監視下にあることを知らねえのか。」

錯綜する会話が泥沼のようになってきた。

ラグ・シャヒルは、額に軽い憂鬱を顕わした。

醜い言い争いはラグ・シャヒルに似つかわしくないのだ。

「言い争いはやめよう。みんな機嫌を直してくれないか。」

 ラグは立ち上がって、軽く手を広げた。ラグの頭上からレンブラント光が降り注ぎ、光背まで現れているように見えた。その姿はまるで神の子たる預言者だ。

 イピはぞっとした。何よりも芝居がかった預言者風の演出が嫌いなのだ。しかし、エルゼや他の女性たちは感激した。

「マルコム、君もだ。君の中に人格があることは疑いがない。」

小鬼のイメージまでがにっこり笑った。イピはすっかりうんざりした。マルコムは無限にものを学び、人格を取得することを望んでいるとされている。ラグはそこをついた。

イピの端末は明滅をやめていた。マルコムは同時に複数の作業をこなすことができる。

 イピは早くこの場所から立ち去りたくなった。

「データの転送は終わったかい。」

「完了だ。データは幾重にも折り畳んで整頓した。必要なときにマスコットが展開する。以前の二倍は広く使えるぞ。」

 イピはマルコムの回答にすこぶる満足した。どんな手法によって整頓したのかにも興味がわいた。そっと端末を取り外して手に取る。

「僕は宿舎に帰る。さよなら。」

 イピは誰にともなく挨拶してブースから立ち去った。イピの後ろ姿に軽く手をふったのは言葉を交わした司書だけだった。

端末をしまうとき、ポケットの中の紙包みにふれた。

イピはヌークにもらった果物のパイをかじりながら宿舎に帰ることにした。

 

  

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