18         エリクシー

 

 イピは、ジョセフィーヌが落ち着くのを待って尋ねた。

「いいかい、これはとても大事なことだ。何があったのか話してくれないか。」

 イピの漆黒の瞳にのぞき込まれてジョセフィーヌはめまいを覚えた。ラグと共に伯爵の屋敷に入っていき、そこでダイヤを貰い、そのあとで急に伯爵の様子がおかしくなっていったことが絵巻物のように婦人の頭を巡った。

「伯爵は繰り返し何か尋ねていた。」

 その何かの言葉が思い出せずにジョセフィーヌはいらだった。

「何て言ってたかな。どうにも思い出せないのよ。」

 イピは婦人の記憶に意識を集中した。人は一度見たり聞いたりしたことを記憶の中にしまい込む。その情報は容易に消えることはない。思い出せなかったり、忘れたように思うのは、記憶の中から引っ張り上げて展開することが出来ないだけなのだ。イピは婦人の記憶を探り、伯爵に関わる記憶の中から、ある言葉を引きだした。

「こいるまん、、。」

 イピのつぶやきに婦人は強く頷いた。

「それだよ。確かにそう言っていた。」

 ヌークは、その言葉に何の心当たりもなかった。

「何だろう。」

「ちょっと待てよ。」

 イピは懐から透明な玉を取り出してマスコットを起動させた。ジョセフィーヌが見ているので、ホログラムは出さないでおいた。意識の触手を伸ばして直接に意識野と接続する。

(マスコット、コイルマンについて調べてくれ。) 

(他に、条件はないのかい。あまりに漠然としている。)

(サン・ジェルマンはやはりゼーランドに来たことがある。そこでコイルマンに出会った。今のところはそれぐらいしか分からない。)

 マスコットは端末のデータをすべて検索した。

(だめだな、本体に接続しない限り、有効な情報を拾い上げられそうにない。ただ、コイルマンという言葉が一般辞書データベースから意図的に削除された可能性を指摘しておく。)

 イピの直観に響くものがあった。

(説明してくれ。)

(コイルなんて、ありふれた言葉だ。それにマンという言葉をくっつけた複合語のようだが、本来ならデータベースに収められた言語情報は頻音指数に応じてきれいな偏差曲線を描くんだよ。それが、コイルマンについてだけ妙に乱れている。)

(マスコット。マルコム並に働くようになったな。)

(えへん。) 

マスコットはイピの意識野から速やかに消えた。

「コイルマンか。」

 イピは眉間に人差し指をあててさらに直観を高めた。イピの意識がめまぐるしく明滅し、やがて一つの結論に達した。

「ヌーク、これは仮定だ。」

 ヌーク・ガイはイピの話に身を乗り出した。

「君も僕もイアンを知っている。そしてマルコムは僕が最もよく使っているプログラムだ。端末にはマルコム型のマスコットまで入っている。僕はこれらのプログラムをまるで人のように感じることがあるんだよ。実際のところ、擬似的な人格は既に持っているんだ。」

「続けてくれ。」

 ヌークは珍しく真剣になった。

「気が付かないか、マルコム、イアン、コイルマン、これらは表音文字で記述すると互いに文字を共有する。」

「アナグラムか。」

「近いね。しかし、それは前提に過ぎない。超大型ロボットのイアンと人格を持ったマルコムが直接に繋がったらどうなると思う。それこそ、最高の性能を持った全能マシンになると思わないか。」

「それはロボット法で早くから禁止されている。」

「その通り、禁止されているのはそんな先例があるからだろう。つなげてみたいと思った候補生や宙導師は過去にもいたはずだ。あるいはマルコム自身がそう考えたとしても不思議はない。」

「何らかの事故が起きたのかも知れない。」

「それも一つの可能性だ。」

 ヌークはイピのこんな所にいたく感心する。真実を見抜く目こそイピ・ユームの本領なのだ。

「サン・ジェルマンがゼーランドにはるばるやってきて、全能マシンと接触したというのか。」

「すべて憶測だ。」

 ヌークは大いに頷いた。

「次は僕らがサン・ジェルマンに接触する番だな。」

「そういうこと。」

 ジョセフィーヌは二人のやりとりを目の前にして、なんとなく事情をのみこんだ。

「あたしも行こうか。」

 ヌークはラグの様子から、伯爵が必ずしも好意的でないことを知った。婦人の協力は別の機会に求めた方が良さそうだった。

「今回は僕らでやる。ラグの面倒を見てやって欲しい。それに、デ・ビアス商会の仕事がたまっているんじゃないのかい。」

ジョセフィーヌは化粧水の納品が遅れている事を思い出した。方々から矢の催促が来ている。

「ラグは大丈夫なの。」

「僕の見たところ、これ以上悪くなることはない。こまごました世話はエレーヌがやってくれるだろう。品物を取りに来る度に様子を見てくれればいいよ。」

「まかせといて。そうと決まれば、こうしちゃいられない。」

 婦人はエネルギッシュに活動を始めた。

 イピとヌークは、サン・ジェルマンの屋敷に向かった。

「イピ、伯爵は僕に任せておけ。」

 ヌークはサン・ジェルマンの屋敷の手前で念を押した。ラグの様子から見て素早い対応が必要なことは明らかだ。ヌークは得意技を使うつもりでいた。それは、敵対する相手と出会ったときにとるべき、あらゆる戦略パターンを含んでいる。伯爵がヌークの前に現れたら、瞬時に体の自由を失い、すぐ側にヌークが立っているのを発見することになる。

 ヌークは用心深く周囲に注意しながら、屋敷に近づいた。イピも後から続く。玄関の扉には鍵はかかっていなかった。中を覗いても人の気配がない。

「誰かいないか。」

 ヌークは大声で言った。

 返事はない。

「おかしいな。逃げたのか。」

「逃げる理由はないだろう。ラグをあんな状態にしたんだ。何か言いたいことがあるはずだ。」

 ドアを次々に開いて調べてみても人の姿はなかった。二人は地下室の扉の前にやってきた。頑丈な鉄枠に補強され複雑な鍵が掛かっている。

「開けてみよう。」

 イピは扉を触って、どのような仕掛けになっているかを探った。意識の触手はここでもずいぶん役に立った。鍵のフックを触手を使って外すのである。

  扉が開くと、内部は実験室となっており、中央にそれ自体が芸術品のような目をひく機械が据え付けてあった。

「結晶化装置だ。」

 イピとヌークは、その機械を調べ始めた。

「これ、よくできてるぞ。」

 詳しく見ているうち、非常に洗練された手法が用いられていることがわかった。サン・ジェルマンの優れた能力がうかがえる。大胆なデザイン。さまざまな種類の金属、大型の宝石類を用いて作られたその装置は、それ自体が宝物だ。

「何をしている。」

 その声に振り向くと、見覚えのある男が入り口に立っていた。ヌークの次の行動はすばやかった。次の瞬間、ヌークは術をつかって相手の体の自由を奪った。

「伯爵はどこだ。」

 ヌークの言葉に驚いたのは、カリオストロの方だった。

「あなた方は勝手に人の屋敷に入り込んで何をしているのだ。」

「僕たちの仲間が伯爵からまじないを掛けられた。身動きできない状態になっている。」

カリオストロは額に汗をかいていた。突然に体の動きを封じられたうえに、訳の分からない難題を突きつけられた気分である。それでも、カリオストロは必死に抗弁した。

「そんなはずはない、伯爵は好んで争いをするお方ではない。」

 ヌークはカリオストロにかけた術を解いた。

「とにかく伯爵に会わなければならない。」

 カリオストロは目の前の若者たちが、異常な能力を持っていることを知った。

「大事な実験室だ。扉を閉じて外に出てくれ。」

 カリオストロは小心ながら忠実な弟子だった。師の実験室を他人に荒らされることを嫌った。

「では、外で待とう。」

 イピとヌークはその言葉に従って外に出ようとした。

 そのとき、入り口の分厚い扉が大きな音をたてて閉じられた。外からの強い力で閉められたのだ。

「閉じこめられたぞ。」

 カリオストロも中にいる。

「伯爵がやったのか。」

 扉の外から、くぐもった声が聞こえた。

「よく来てくれた。こんな所からの挨拶で失礼する。」

「サン・ジェルマンか。」

 扉越しにヌークが尋ねた。

「私にはざっと二十ほどの名前がある。サン・ジェルマンもその一つだ。シェムでもアリーでもメトセラでもいいよ。」

ヌークはすぐに反撃に出た。頑丈な扉に向かって駆け、時間の外に飛び出す。ヌークの飛び込んだ超時空から触れれば頑丈な扉もゼリーのように柔らかい。その柔らかい扉に手を突っ込み、ぐるりと腕を回して、人が通り抜けられるだけの穴を穿った。

ごとん、と音がして扉が倒れた。正確には扉にもう一つ抜け穴が出来、それが外れて内側に倒れ込んだ。

「ひゃあ、すばらしいね。」

 サン・ジェルマンは、嬌声をあげた。ヌークの手並みに拍手さえ送りかねない。

イピは首をかしげた。どうも様子がおかしい。言動や振る舞いが奇矯としか言いようがないのだ。

「ラグを、元に戻せ。」

 ヌークはすぐに次の術を発動できるよう身構えながら言った。

「君は手強そうだ。争うのはやめておこう。」

 サン・ジェルマンは余裕たっぷりに語った。

「君の仲間は放っておけば元に戻るだろう。宙導師になる者であれば、あれぐらいのまじないは自分で解けるはずだ。循環型の催眠術さ。彼が思ったほど有能でなければ、いつまでもあのままだがね。」

「あれが、催眠術だというのか。」

「そのとおり、強力だが一種の催眠術だ。あの男は、自分で自分を縛り付けている。きっかけを与えてのは私だがね。」

「それなら、その催眠術を解いてもらおう。」

「君は、私に要求するばかりだが、一体何を与えてくれるのだ。」

 伯爵の言葉には、皮肉な感じがたっぷりとこもっていた。

「コイルマンの情報だ。」

これはヌークの賭だった。コイルマンについてはイピの憶測でしかない。

扉に出来た穴をくぐって、伯爵が実験室に入ってきた。明るい光に華麗な装身具が光る。そのわりに、伯爵自身はくたびれて見えた。表情に張りがなく、目に霞がかかっているようだ。

「さあ、話してもらおう。」

 ヌークはサン・ジェルマンが正常な状態でないことを感じ取った。

「話の前に、一つ試して欲しいものがある。」

 ヌークはカリオストロの懐が重く垂れ下がっているのに気がついていた。それが服の中で揺れる度に中身の形が分かる。

「カリオストロ氏、僕の渡した瓶を出してくれないか。」

 カリオストロの懐にはヌークの調合した化粧水が入っていた。すぐに伯爵に渡す決心がつかず、しまい込んでおいたのである。候補生を見つけてくるよう厳命されたことで、遅ればせながら持参してきた。

「伯爵、その瓶の中身を飲んでみてくれ。」

 ヌークの言葉にサン・ジェルマンは悪魔的な笑みを浮かべた。

「カリオストロ、私に隠していたのだな。」

「申し訳ありません。」

 サン・ジェルマンは、カリオストロが捧げるように差し出した瓶をひったくった。

「なんだ、これは。」

「化粧水として売り出している。」

「化粧水を飲めと言うのか。」

 サン・ジェルマンは瓶を床に叩き付けようとした。

「それはエリクシーだ。」(注1)

 ヌークの言葉で伯爵は思いとどまった。

「面白い。毒を飲んでも大して効かないのだ。ひとつ試してやろう。」

 蓋を取り一気にあおった。どこか投げやりな、たとえ毒薬でも飲み干してやろうという奇怪な行動に見えた。

「妙に甘くてうまい。」

サン・ジェルマンは舌で唇をなぞった。

「当然だよ、治癒力を飛躍的に高める有効成分が大量に入っている。本来は内服用のものだ。」

「ふん、そう言えば胸のあたりがすっとする。」

 サン・ジェルマンは馬鹿にしたものでもないと感じ始めていた。

「さあ、飲んでやったぞ。話したまえ。」

 ヌークはコイルマンについて、現在の状況から説明することにした。そうすれば真実が自ずから明らかになってくるはずである。また、それには、自分よりもはるかに適した人物がいる。

「百聞は一見にしかずというからね。イピ、後はまかせるよ。」

 イピは自分の出番が来たことを感じていた。懐から透明な玉を取り出して、音声入力する。

「マスコット、起動しろ。可能な限り明瞭な映像を見せてくれ。」

 小鬼の立体映像が現れ、カリオストロは声を上げた。それは手を伸ばせば触れそうな実在感があった。

「現在のイアンの映像を映し出すんだ。」

 マスコットは宙導師博物館で稼働するイアンの姿を次々に空中に描き出した。ロボットアームや人間型支援システム、建物に組み込まれた様々な装置、など、サン・ジェルマンは食い入るように映像を見つめた。しばらく見つめるうち、伯爵の顔にかすかな落胆の色があらわれ、それが次第に顕著になっていった。

 

 

  注;エリクシー  命の水ともいう、不老不死の妙薬とされる。

 

 

 

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