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「ひゃっほー!」 船首の銛撃ちは、裏返った声で歓声をあげた。強力な火薬で撃ち出された鋼鉄製の銛がメガロドンの頭頂部に命中した。ごつごつした岩のような皮膚は角質層が肥大化したものである。銛は固い鎧に似た皮膚を突き破って、分厚い脂肪層の中に埋もれた。鮫に似た巨大魚は鼻の近くに打ち込まれた不快なものから次第に鈍い痛みを感じ始めた。 大人の二の腕ほどもあるロープがぴんと張り、ぎしりと船がきしんだ。スクーナが大きく揺れる。 「船首を北東に向けろ。力比べだ。」 ガ・ルーの声が拡声器から響いた。空の半分までがいつのまにか黒い雲で覆われていた。最初の強い風が、デッキをひゅうと吹き抜けたとき、セー・リーベ号の全ての帆が力強く膨らんだ。 「アリー。早く来い。」 シェロは頑丈だった。甲板に叩きつけられても音を上げない。ふらつきながらもバケツを抱えてマイのいる船室に向かう。アリーも続いた。 アリーはひどく打ち付けたせいで体中が痺れていた。ドアを開けると、マイは船室の隅でうずくまっていた。 「マイ。」 シェロが呼びかけると、マイは膝に埋めていた顔を上げた。その顔が乾いた土の色になっている。 「とにかくこれを飲んでみな。船酔いが治るらしいぜ。」 シェロはバケツをマイの前に置き、それだけ言うとバケツの脇に座り込んだ。 マイはバケツに両手を入れ、海水を手ですくった。顔を近づけて少し飲む。 「飲めるわ。」 マイがひからびた声で言った。 「ガ・ルーがメガロドンに銛を打ち込んだ。力比べだとさ。」 マイはシェロの言葉でバケツに入れた手を止めた。 「銛?」 「ああ、嵐の風を使って魚を海から引きずり出すんだ、とさ。」 シェロの言葉をアリーが補足した。 「鮫に似た魚だ。泳げなくなればいずれ窒息するだろう。」 マイは二人の男に怒りの視線を投げかけた。 「愚かな!メガロドンには海の精霊が宿っているのに。」 怒りに燃えた祭礼占い師の瞳はアリーとシェロの股間を縮みあがらせた。土色になった顔に光る緑の瞳が、幽鬼の鬼火に見える。 「デッキに行く。シェロ、私を運んで。アリーはガ・ルーを止めなさい、銛を抜くのよ。」 「ああ、わかったぜ。」 シェロは、軽々とマイを抱き上げてアリーに軽くウィンクして見せた。こういう場合の祭礼占い師の言葉に反論の余地はない。 アリーは膝をかばいながら船室を出た。 船は大きく揺れながらも、巨大魚と力の均衡を保っていた。船体がぎしぎしときしむ音が聞こえてくる。 「ここで海の藻屑となるか、それとも切り抜けるか。すべては天命が決める。願わくば、ジェラスに戻り、宿願を果たさんことを。」 アリーはキャビンに向かいながらジェラの神に祈った。 キャビンでは、ガ・ルーがマイクロホンを握り締めて、矢継ぎ早の指示を飛ばしていた。セールは全部で十枚以上ある、ガ・ルーはそれらを微妙に調整しながら、メガロドンを次第に海面へと導いていた。 「ガ・ルー、戦闘終了だ。銛を抜くんだ。」 アリーは、気合のこもった声でガ・ルーに命じた。 「うるさい。しずかにしろ。」 ガ・ルーは血走った目でアリーをにらんだ。 「マイがそう言ったぞ。」 「あーん?」 ガ・ルーは、アリーの言葉を雑音としか聞いていなかった。しかし、マイという気になる名前だけが耳に残って聞き返した。 「祭礼占い師の言葉だ。メガロドンには海の精霊が宿っている。だから、銛を抜け。」 船の上では常に船長が最高の決定権を持つ。海上で船長に命令できる者などいない。が、巫女の言葉は別格だった。 二枚目の顔を横切る刀傷がぴくぴくと引きつった 「そんなばかな。」 「僕が嘘を言う必要がどこにある。」 そのとき、船全体が大きく傾いだ。キャビンの窓から、巨大なむなびれ海面に現れるのが見え、次いで銛をつないだロープが空中の蛇のようにのたくった。メガロドンは方向を変えようとしていた。動作は緩慢だがその力は絶大だ。 ロープにかかる力がさらに大きくなり、セー・リーベ号の船体がみりみりという危険な悲鳴をあげた。 「やばいぞ、ガ・ルー、早く抜け。それとも、抜けない銛なのか。」 ガ・ルーの決断は早かった。 「抜けるさ。」 ガ・ルーは不敵な笑みを浮かべた。敵船に打ち込んで引き寄せるための銛である。側舷を打ち抜いたあと傘のように戻りを開く。戦況が不利になれば戻りを止めているピンをはじき飛ばして引き抜くこともできる。状況を冷静に見極めて撤退命令を出すことも有能な船長に必要な条件だ。 「ロープに電気を流せば雷管が破裂して戻りを閉じる。すぽっ、と抜けるだろうぜ。」 ガ・ルーはマイクロホンを握りなおして銛撃ちに指令を飛ばした。 「戻りを閉じろ。怪物は逃がしてやる。」 銛撃ちは砲台の横手にある赤いボタンに手を伸ばして、力いっぱい押し込んだ。ガ・ルーの命令は直ちに実行される。銛の後部に収められ仕掛けが機能して、船首から伸びたロープはだらりと張力を失うはずだ。 「ん?なんだ。」 ロープには依然、強烈な力が加わって激しくうねっている。人が触れようものなら、腕どころか胴体すら簡単に断ち切ってしまうだろう。 「おかしいな。」 ガ・ルーはマイクをあごに当ててこすった。ロープの先は水中にある。雷管を作動させるはずの電気が海中に漏れているとしか考えられない。ガ・ルーがその事実に思い当たるまでに長い時間は要さなかった。 「機関手、銛に流す電圧を上げろ。」 「了解!」 エンジニアの歯切れいい応答がスピーカーから響いた。その直後、セー・リーベ号のクルー全員の脳裏に真っ白な光が差し込んだ。 祭礼占い師が甲板にいる。その強烈な存在感が船の構造を突き抜けて乗員すべての意識を貫いた。 「メガロドン、こっちを見なさい。」 デッキで青白い顔をしたマイが海に向かって叫んでいた。水面下に巨大な黒い魚影が見えている。シケのために波頭が白く砕けて、風の運ぶしずくが横殴りの雨のようである。それでも、海面下に巨魚の白い頬と丸い黒い目が見透せた。巨大魚はマイを見上げていた。 マストの上からは、見張り番がスクーナ船と同じ位の大きさを持った魚影が舷側に頭を向けているのを見ていた。そしてデッキには赤い服の巫女。空は天頂を境にして黒い雲と青い空がくっきりと明暗を分けていた。 見張り番の眼には、巫女の姿は小さく頼りなげに見えた。ところが巫女の方向を見ていなくても、また目をつぶっていてもその存在がありありと感じられる。 見張り番の足下から頭のてっぺんに向けて、痺れるような感覚が走り抜けた。それは、巫女の印象としか他に言い様のないものだった。 「さあ、メガロドン。海の底に帰りなさい。」 マイは海面下に向かって叫んだ。 マストの上の見張り番は、無性に帰りたくなってきた。帰る場所など無いし、帰るべきはメガロドンだと分かっている。しかし、とにかくここから移動しなければならない気がするのだ。デッキで帆を操作しているクルーたちも同じだった。ガ・ルーの声が途絶えて、ボーシン(甲板長)の指示も脈絡のないものになった。 メガロドンの感覚は人ほど鋭敏ではなかった。帰る、という概念は理解できる。歳経た魚には多少の知恵の蓄積があるのだ。しかし、鼻面の銛がどうにも動きを妨げるのである。 マイは次第にいらついてきた。早く、この危険な魚を遠ざけたかった。 「早く行きなさい。」 船のクルー全員がさらに落ち着かなくなった。祭礼占い師の心理的影響力は計り知れない。 見張り番は心から哀しくなった。子供の頃、あっちへ行きな、といわれて傷ついた記憶が蘇ってきた。どこへ行けってんだよう、見張り番は涙を流しながら叫んだ。このような声はあちこちで上がった。 ガ・ルーなどは、祭礼占い師に心酔しているだけにマイクを握ったまま固まってしまった。 「おい、ガ・ルー。船首を立て直せ。」 巨大魚は船の下に回りこんでしまい、セー・リーベ号は完全に無防備となった。このままメガロドンが海に潜れば、船もつられて引き込まれる。 「くそっ。しっかりしないか。」 アリーはガ・ルーの顔面に鋭いフックを叩き込んだ。 「いたーいじゃないかー。」 ガ・ルーはにやにやしながら頬をさすった。 「船が沈むぞ。銛を抜くんだ。」 アリーは両手でガ・ルーの襟をつかみ、青い瞳を覗き込んで叫んだ。 「俺のセー・リーベがしずむ?」 ガ・ルーの目にちらりと光が宿った。 「目が覚めたか。」 アリーはガ・ルーを投げ出して、デッキに急いだ。膝が痛んだがそんなことはかまっていられなかった。祭礼占い師が力の使い方を間違っている。このまま放っておけば自殺者まで出そうだ。アリーはいつもマイと一緒だったために、ある程度の心理的抵抗ができた。それでも、マイの意識が心の殻を貫いてくる。他のクルーはその点において、全くの無防備なのだ。 アリーは甲板に走り出た。転がるようにマイに駆け寄る。 「マイ、クルーが参ってしまう。みんな狂うぞ。」 えっ、とばかりに振り向いたマイの顔は幽鬼そのものだった。目の回りが真っ黒、異常に大きく見開かれた緑色の瞳だけが自ら光を発している。マイは不調だった。数日船酔いで苦しんだ間に、ある種の精神力だけが異常に蓄積されている。 沈黙していた拡声器が再びガ・ルーの声を響かせた。 「銛を抜くぞ。機関手、電圧を上げろ。総員、魚は左舷に来ている。船首を立て直せ。」 青白いスパークが銛砲の機台で光った。同時に船首を引き下げていたロープの張力が消えた。銛は抜けたのだ。が、巨大魚が異常な動きをはじめた。固い表皮に刺さっていた銛が、抜ける直前にかつて経験したことのない激しい痛みを巨大魚に与えたのである。痛みは怒りに変質してメガロドンは荒れ狂った。船の周りを円を描いてまわりはじめる。 「なんだ、この波は!」 アリーは船の周りにもりもりと盛り上がった水の壁を見て足のすくむ思いがした。甲板をはるかに越える高さの波が船の周りを取り囲み、それが急速に迫ってくる。 「これまでか。」 アリーが観念した直後、船は前方から押し寄せてきた波に心もち早く乗り、側方からの波を免れた。 「よーし、乗り切ったぞ。セー・リーベは沈まない。総員、次の波に備えろ。」 拡声器から、ガ・ルーの景気のいい声が響いた。クルーの間から、げらげら笑う声や、ひゃっほー、という素っ頓狂な声があがった。海の男は命懸けの波乗りを楽しんでいる。アリーは、その脳天気さに腹を立てた。円形の波は次々に迫っており次第に高さを増している。 「このままでは、みんな終わりだ。怪物を止める手はないのか。」 アリーは、憑かれたように海を見つめるマイに叫んだ。 マイは光る目でアリーを振り返った。 「あるには、ある。」 その顔に幽鬼の笑みが浮かんでいるのを見てアリーは心底ぞっとした。 「じゃ、それをやってくれ。」 マイは肩の力を抜き、大きく息を吸った。アリーはうずくまって身構えた。 マイは何も叫ばなかった。ただ、側にいたアリーはマイの体がぴかりと光ったように思えた。そのあと、頭を棍棒で殴られたようなショックとそれに次ぐうつろな感じがアリーを襲った。 メガロドンもまた反応した。動きを止め、そのまま静かに海中に没していった。 「これが、祭礼占い師の証よ。私にしかできない最高の術。名付けるならホワイト・アウトといったところかな。」 マイは満足そうに言ったが、その言葉はアリーすら聞いていなかった。セー・リーベ号のマイを除く全員が白目をむいて気絶していた。 白く優雅な船体のスクーナが快調に海を走っていた。 マイは甲板を楽しげに歩いた。すっかり元気になって輝くばかりの肌色を取り戻している。嵐からも逃げ切り、それどころか強い追風が順調に距離を稼いだ。 「巫女、もう二日もあればジェラスに着く。いや、着きます。気分が良くなってくれて本当によかった、、、です。」 メガロドンの一件以来、ガ・ルーのマイを崇める気持ちはさらに強まった。セー・リーベ号のまわりには昨夜のうちに何隻もの外洋船が集まっていた。 「もっと普通にしゃべってくれていいわ。」 「ああ、ま、気持ちだから。ドレスのいい物がある。着ますか。その赤い服もいいが、だんだん暑くなってきた。このあたりの海域は南からの暖かい潮が流れているからね。」 「そうね。じゃあ見せてもらうわ。」 乗組員がうやうやしく頑丈な木の箱を開いた。中にはきらびやかな宝飾の付いた青い服が入っていた。 「赤が、私の色。赤いのはないの。」 ガ・ルーは満足気に頷いた。 「昨日のうちに船団を呼び集めておいてよかったぜ。赤い服を選んでここに集めるんだ。」 船から船に伝令が飛んだ。近距離の場合は電気通信は使わない。海の男は基本的に肉体派である。 「それから靴も欲しい。」 「靴もだ。」 ガ・ルーは再び後ろを向いて叫んだ。 ほどなく、あるという返事がきた。船足が速いので小型のボートで近寄る方法は使えない。大型帆船同士で併走し、接近する。 「船を寄せろ。」 大きな船は殊に小回りが利かないため、これは高度の操船術を必要とする。さらに帆船のばあい風下の船は風上の船に影響されて自由なコントロールを失う。接触すれば、波の揺れも手伝って互いの船体に甚大な被害を生ずる。 大型帆船がぎりぎりまで接近して併走する事は、狂気の沙汰か操船技術の誇示かたぶんその両方であった。それがガ・ルーたちのマイに対する崇拝の表現方法でもあった。 マイは高慢と気高さ、我儘の交わる部分を発揮して海の男たちの自負心を刺激した。男たちは思いのままに船を操って互いの船体を近づけた。ロープを投げ合い、一方をマストに登って高く差し上げる。これに何個もの滑車とロープを組み合わせて伸縮自在のもやいを作りあげる。クルーはめざましく動いた。 「すばらしい。」 マイは手をたたいて誉めた。ガ・ルーは誇らしい顔になった。実際、操船とロープの扱いについては相当な技量のなせるところなのだ。 一方、アリーとシェロは船尾で魚の塩漬けを作っていた。メガロドンが巨大な尾びれで跳ね上げた魚が甲板に転がっていた。大きなものだけでも数十匹はいた。コック長がこれを見逃すはずはない。内蔵を抜いて塩漬けにすれば立派な保存食になる。 クルーは派手なロープさばきに忙しい。コック長は操船に関係ない働き手を求めた。そうなれば、アリーの顔が真っ先に思い浮かんだ。祭礼占い師については、近寄ることすら気が引ける。まして魚臭の中でその内蔵をきれいに洗えと命じる気もしないし、仮にそういう愚を犯すとガ・ルーに自分の内蔵を抜かれるおそれがあった。 おまえたち、腹はこうやって裂け。この程度まで海水を使ってきれいに洗え。塩はこうして塗り込め。コック長はアリーとシェロの前で実演し、手際のよさを見せつけてから、調理場に戻っていった。 シェロは、料理人ふぜいがこの俺に何を命令しているんだ、とせせら笑っていた。ところが、アリーは熱心に説明を聞いた。 「シェロ、手伝え。」 アリーの言葉には手伝って当然という響きがあり、シェロは心の中で舌打ちしながらもなぜか逆らえなかった。アリーもシェロも自前のよく切れるナイフを持っている。シェロにとって海水魚の解体は初めての経験だったが、羊をさばく技術は子供のころから練り上げてある。シェロにはアリーの手際の悪さが目についた。 「おまえはそこで見ていろ。何事も経験という言葉は嘘だ。人には向き不向きがある。人は自分の得意なことをやっていればいい。」 「この作業は面白い。覚えておきたいんだ。それに、だんだんコツがつかめてきた。」 シェロのナイフは人間を含めた動物の肉用の刃付けがなされていた。やや鈍く、柄に近い部分に小さな鋸刃を刻んでいる。この鋸刃は腱を切断するときに使う。大きな魚の解体にはこのナイフが適していた。 「ちょっとナイフを交換してみよう。」 アリーは豪華な造りのナイフをシェロに差し出した。シェロは、そんなぴかぴか、きらきらのナイフが嫌いだった。それに、こんな作業に最高級のナイフを使う必要はないのだ。 「使い慣れた道具が一番いい。」 これはシェロのささやかな抵抗だったが、結局取り替えた。 アリーのナイフはかみそりのような刃付けがなされていた。そのため肝心の先端部分の刃が固い鱗でつぶれて役に立たない。また、柄の部分に近い刃は元のままの鋭さを保っているため切れすぎて内蔵まで裂いてしまう。 「アリー、魚には魚用の、細工には細工用のナイフがいい。これはだめだ。調理場で魚用のナイフを取ってこよう。」 ちょうどコック長が戻ってきた。 「おい、そこの顎!喋ってないで手を動かせ。口ばかり動かしているから顎が長くなるんだ。」 シェロの目つきが変わった。シェロは自分の顎にそれなりの自信をもっていた。それを馬鹿にする言葉には過敏に反応する。 「この野郎、調子に乗るんじゃねえ。おまえも塩漬けにしてやる。」 シェロの言葉には本気の凄みがたっぷりとこもっていた。コック長は目の前の顎の長い男が、ガ・ルーよりも危険な存在であることを悟った。近づいてくる身のこなしと眼光が人間離れしている。 「シェロ!やめておけ。」 アリーの鞭のような声が飛んだ。シェロの動きが止まり、目の光が消えた。シェロはため息をついた。 「魚用のナイフを四、五本もってこい。早くしろ。」 コック長は慌ててナイフを取りに行った。 併走する船同志の間で滑車がするすると回り、いくつかの木箱が往復した。デッキの上にそれらが並んで、マイははしゃぎながら中を覗き込んだり、手にとって品定めをした。 「これ、いいわね。」 マイは、上等な透けた赤い生地の服を体に当ててサイズを確かめた。 ガ・ルーは楽しげにその様子を眺めていた。隣の船のマストを何気なく見上げたときガ・ルーの視野に危険な影が映った。マストに延びた縄ばしごから異様な体型の小男がこちらに向かって弓を引いているのが見えたのである。それも、狙っているのは自分ではない。祭礼占い師に的を絞っているのがはっきりと分かった。 びゆっ、という音がした。矢がマイの胸に打ち込まれると思った刹那、風にあおられたロープがマイの目前で矢尻を払った。 矢がデッキに深々と突き刺さった。毒を塗りつけてあったらしく黒っぽい液体が鏃を染めている。ガ・ルーの耳にかかった長髪が天を突いて逆立った。 「そいつを捕らえろ。」 ガ・ルーは、のどが裂けるばかりの大声で叫んだ。すぐに、自分の体を盾にして祭礼占い師をかばう。船上は殺気立った。矢を射かけたのはヒュンデミであった。執拗にアリーを追い、外洋船の一つに潜り込んで機会を待っていた。ジェラス航路の情報網は非常に発達している。祭礼占い師が海の男の間で評判にならないはずはなかった。ヒュンデミはジェラス航路に賭けたのだった。 |