| アリーは娘たちのパオで眠り込んでいた。 夜明け前、三人の娘が寝床から起き出す気配でアリーは目覚めた。 「もう起きるのか。」 アリーは身支度をしているアーダに言った。 「おまえは客人だからまだ寝ていてもいい。」 一晩を共に過ごしたことで、アーダの言葉がどことなく柔らかくなっていた。アリーはその言葉に甘えておくことにした。 「そうさせてもらおう、いつもは日が昇る頃に起きるんだ。まだ間がある。」 そう言って再び温かい毛布にくるまる。娘たちは朝の支度のために外に出ていった。 ささやかな朝寝の心地よさは、にぎやかな訪問者によってまもなく終わった。 「起きろ、アリー。」 シェロが枕元に立っている。 「いつまで寝ている気だ。」 シェロはアリーの毛布をぱっと引き剥がし、適当に畳んで横に放り投げた。大秋の朝は冷える。朝の冷たい空気がアリーの眠気を吹き飛ばした。 「うー、寒いな。」 アリーは掛けてあった服を身につけ始めた。シェロは湯気の立ちのぼるやかんを下げていた。 「これを飲め。」 シェロは、二つのカップに熱い茶を注ぎながらさっそく質問を始めた。 「おい、ラゾのことを聞かせろ。俺の知らない領域だ。あそこでは一体どんなことが起きているんだ。」 シェロはラゾの事情について知りたがった。いや、むしろアリーについて知りたかったのかもしれない。 「どんな事と言っても、基本的には大してここと変わるまい。祭事と政治だ。それと日々の暮らし。僕たちは勉強したり、仕事をしたりだ。」 アリーは毛織りの上着に袖を通しながら答えた。 「王の候補者でも仕事をするのか。」 シェロはよく鍛えられたアリーの筋肉を横目で見ながら茶をすすった。 「ああ、一通り教わる。僕は何か作るのが好きだな。特に木工が好きで、椅子や机を作るのならお手のものだよ。」 「俺は鍛冶が得意だ。馬具でも剣でも打つことができる。」 アリーは鍛冶に興味があった。 「ふうん、それはいい。一つ面白いものを見せてやる。」 アリーはベルトのバックルに取り付けてある小さなナイフをシェロに手渡した。 「ずいぶん前のことだ、ラゾではいろいろな物売りの市が開かれる。僕は怪しげながらくたを扱っている店で、折れた剣の切っ先を見つけた。古道具の間にきらっと光っていた。手に取って見ると、断面が氷のように見えて、すごく切れそうな気がした。さっそく買って帰って小さなナイフに磨り上げてみたら、びっくりするほどの切れ味なんだ。もう手放せなくなったぞ。」 シェロは、手の中の小さなナイフの刃を見つめ、テーブルの縁を少し削ってみた。堅い木にさくりと切れ込む。 「よく切れる。」 シェロはナイフの表面に浮き上がった波紋を光に透かしてじっくりと眺めた。 「それ以来、よく切れる刃物を探している。けれども、それ以上よく切れる刃に出会ったことがない。あのとき、物売りに詳しく尋ねておくんだったよ。」 シェロは大きな顎で頷いた。 「アトシスには伝説の名剣や妖剣の話がそれこそ山ほどある。俺も鍛冶の端くれである以上、新しく手に入れた剣や小道具は注意深く観察している。これは確かによく切れる。刃の鍛え方は、さほど珍しくない。地肌をじっくり見れば大体の想像がつく。これは低温で何度か折り返して鍛えてある。しかし、こんなにすっきりと冴えた鋼は初めて見る。」 アリーは湯気の立っている茶をすすった。 「うん、ラゾの鍛冶も同じことを言っていた。どこの鋼か見当がつかないか。」 シェロはナイフをアリーに返しながら答えた。 「伝説の剣には常に鋼の話がついてまわる。俺は一族の古い粘土板を読んで、チサグ鋼と言う名前を見つけた。チサグ鋼で作った刃物は非常に硬くて粘りも強いという。ところが、凍える寒さにさらすと急に脆くなってつららのように折れるというんだ。おまえの話を聞いているうちになんとなくそれじゃないかという気がする。確かではないがな。」 アリーは、長年探し続けた手がかりを見つけた気がした。 「チサグ鋼なんて聞いたことがない。シェロ、その粘土板を読ませてくれないか。」 シェロは頑固そうな長い顎を振った。 「だめだ、一族の粘土板は秘密の場所に隠してある。村の者以外誰も立ち入ることは出来ない決まりだ。過去にラゾから格納庫に納めたいという申し出が何度かあったらしいが、俺たちピチェは昔から自分たちで管理する方を選んだ。今ではすっかり忘れ去られてピチェの者しか知らん。」 アリーは引き下がらなかった。 「おい、シェビーダは僕を種付けに使っていることを忘れるなよ。この一族に僕の血が入るんだ。粘土板を読む権利はあるだろう。」 アリーが真面目に話すと、理屈が通っているかどうかよく分からないことでも、もっともだと思わせてしまうところがある。 「僕はいずれおまえとも姻戚関係になるんだ。是非、見たい。見せろ。」 「ふうむ。そう言われると、そんな気がする。アーダたちは従姉妹だしな。」 シェロはなんとなくアリーに言い負かされてしまった。 「このことは他言無用だ。」 「僕は約束や秘密を守る訓練を受けている。大丈夫さ。」 夜明け前のブノワ河には白いもやがかかっていた。東の空が明るくなるにつれて、大河の上に綿を敷いたように見える。いつも黄色く濁った大河の水を覆い隠して、広々とした綿の河のようだ。 シェロはアリーを連れて、小さな帆掛け船に乗り込んだ。河漁師が使うものと同じで、二本の櫂と二枚の帆がついている。よい風があれば帆を巧みに操って風上にさえ走り、風がなければ櫂でこぐ。大河の周辺を知り尽くしたシェロの一族は船と馬の扱いに慣れていた。 村からさほど遠くない行程を岸に沿って下った。やがて朝日が昇り、もやの中から天を突く大岩が河にせり出しているのが見えた。 「でかい岩だ。」 山のような巨岩であった。岩の陰が船だまりになっている。 「ここだ。」 船をつなぎ、シェロは岩に刻まれた階段を昇っていった。アリーもすぐにあとに続く。階段はほんの申し訳程度のもので、高く登るにつれて幅が狭くなっていた。 岩は垂直に切り立っており、常に岩肌に抱きついていなければたちまち河に落ちる。 「この岩が粘土板の保管庫か。」 アリーは危なっかしい足下に気を付けながら尋ねた。 「これを登っていけば岩の中程に横穴が掘ってある。河の霊を祀った場所だ。」 「ずいぶん怖い所だな。」 「一つ忠告しておいてやる。下は河でも下手をすると途中で岩に体をぶつける。落ちそうになったら思い切り岩を蹴れ。空中で身を捻って頭か足から水に飛び込めばいい。」 シェロは面白そうに言った。子供の頃から親しんだ場所だけに怖れの気持ちは全く見られない。むしろ、夏であれば戯れに落ちてみたいといったところだ。 アリーは岩に刻まれたわずかな凹凸を慎重に見極め、岩に貼りつくようにして登った。高く登るにつれ、風が吹くたびにアリーは身のすくむ思いがした。 シェロの言ったとおり、階段の先に人が屈んで入れる程の丸い穴が穿ってあり、内部は思いの外広くなって縦横三歩ばかりの広さがあった。薄暗い部屋の奥に木を組んだ簡単な祭壇がある。そこには丸い鏡が祀られてあった。 「そっちを持て。」 シェロは祭壇の片方を持って力を込めた。がらっと音がして木の祭壇が動いた。 「隠し戸になっているのか。」 乾ききった漆喰の臭いが漂ってきた。入り口の穴から入ってくる光では暗くて奥まで見えない。巨岩の内部を大きくくり抜いてあるように思われた。シェロは祭壇のろうそくに向かって、火打ち石とナイフの背を打ち合わせ、手早く火を付けた。ろうそくの明かりを持ってシェロが奥に歩く。アリーも続いた。 「おお、ずいぶんあるな。」 隠し戸の奥はさらに広くなっていた。そこは人工の洞窟であり、分厚い岩の殻に守られた書庫であった。 通路の両側に粘土板がきっちりと隙間なく積み上げられてあった。よく見ると足下も粘土で固められてある。足下にも古い板が塗り込められてあるのは間違いない。それを見るためには分厚い粘土をはがして慎重に板を取り出さなくてはならない。 シェロはろうそくをアリーに手渡し、通路の脇にある板をそっと持ち上げた。よく見かける焼成粘土板ではない。粘土に少量の石灰と木炭の粉を加えて練り上げ、磨き上げてあるために石板のような強度と光沢を持っている。 「珍しいな。」 「かなり古い板だ。」 アリーはろうそくの明かりで粘土板の文字を読んだ。 その粘土板には、ブノワ河の源流まで旅をした記録が綴られてあった。 大規模な移動を繰り返すアトシスの民は民族ごとの言語の違いが少なく、粘土板に記述する習慣のため古い文字でも忘れ去られる事はない。 「チサグ鋼の記述が読みたい。」 「手の届く範囲内の板については俺が系統的に分類した。その板もチサグ鋼と関連がある。」 ろうそくの光に照らされたシェロの顔は哲人のように見えた。それは深い陰影のためばかりではない。 「ふうむ。ブノワ河の源流と言えばトリアスの領域だ。チサグ鋼とはトリアの産物なのか。」 アリーはトリアというだけで軽い拒絶反応を示した。 「俺たちは河に沿って移動する。トリアスだろうとジェラスだろうと交易の対象になる。」 「今でもトリアスとの交易は続いているのか。」 アリーは黒い粘土板をシェロに返した。 「ああ、予め取り決めてある場所で落ち合う。トリアスの品はどれも良く出来ている。しかし、現在ではトリアスから入ってくる鋼にチサグ鋼というのはない。」 「ふうむ、ではこの鋼自体が忘れられてしまったようだな。トリアスには異常な秘密主義がはびこっている。物作りの秘訣などは最優先で粘土板に書き残すべきなのに、奴らはそれを書かない。全て口伝になってしまうんだ。」 「その話は俺も聞いたことがある。大きな損失だと思う。俺なんぞは、ここで様々なことを学んだ。たいていの村の者は興味もないし文字さえろくに読めない。羊を飼うことと結びつかないからな。でも、ここにある限りはいずれ誰かが読むだろう。」 アリーは、ぎっしりと積み上げられた粘土板を見た。大河のそばにそそり立つ巨岩の内部は優れた保管庫と言えるだろう。 「ラゾの格納庫に納めなくてよかったわけだ。」 「ああ、あんなところに納めてしまったら俺が読む機会はなかった。それに限られた者しか読めないそうじゃないか。」 「大事に保管してあるんだ。壊れるのを嫌って自由な立ち入りはできない。僕は自由に入る権利を持っていたけれども、今ではもう無理だ。」 「惜しいことをしたな。」 「その代わり、今日ここに来ることが出来た。ラゾでは読めない物ばかりだ。ここにある物は全部読んだのか。」 「取り出せるものはおおかた読んだ。でもまだ壁や床に塗り込められたものが沢山ある。」 シェロは黒い粘土板を丁寧に元の位置に戻し、別のところから一枚の粘土板を取り出した。それは白くて非常に薄かった。 「ここにもあったのか。」 アリーは驚きをもってその白い板を見た。これこそが最古の粘土板である。非常に硬質なものであり、現在では実現不可能な高圧高温で焼成されたものであることがわかっている。 「壁に塗り込められていた。他にもまだある。」 あまりも古い言語で書かれてあるため読みこなすのが困難とされている。また、禁断の書としてラゾの奥深くに秘匿されているものでもある。 「何が書かれているか読んだか。」 「ずいぶん苦労したが、一通り読んだ。まるで夢のような話だ。」 アリーはそれに惹かれた。 「読ませてくれ。」 シェロは白い板をアリーに手渡した。手に持っただけでかなり硬質なものであることが分かる。失われた技術の産物であり、高次構造制御焼成粘土と呼ばれる材質であることが知られている。 (粘土板の記述) (意味不明)年、人類は(意味不明)の危機に(意味不明)した。地球の月は(意味不明)となった。生き残ったものは人の尊厳を(意味不明)、この地上に人類の築いた(意味不明)を残さなければならない義務がある。後代の者は必ず知恵の(意味不明)である「粘土板」を残せ。 以下長文、完全に意味不明。 「冒頭の部分はちょっとだけ分かるが、後はさっぱり分からない。」 アリーはお手上げという顔つきになった。 「なんだ、読めないのか。」 シェロはラゾの学者がよく見せた顔つきに変わった。 「王の候補者というのはそれほど教養を要求されるわけでもないのだな。」 「先史時代のものは王の教材になってないんだ。」 「はーん。まあいい。よく聞いておけよ。」 シェロは、白い板を手にとってすらすらと読み下した。 アリーは、二重の驚きをもってシェロの読み上げる内容に耳を傾けた。人が月に降りたって半世紀の後、今度は火星に行き着いたという。その業績を叙情的に讃え上げている。 「そんなことが出来たのか。」 アリーは現実離れした話に戸惑いを覚えた。 「俺も最初は疑った。しかし、この手の板にはどれも夢のような話が書かれてある。それにこの板を見ろ。」 シェロは手に持った板を床に放り出した。 「何をする。」 アリーはシェロが放り投げた板を必死で受け止めようとした。アリーの手はむなしく空をつかんだ。貴重な板は、堅い床に落ちて砕けるはずであった。 きん、という金属的な音をたてただけで、割れる気配はない。 「見たか、これぐらいの衝撃では割れない。俺はちょっとした不注意からこの板の上に大きな石ころを落としてしまった。心臓が止まりそうになったが、傷一つついていなかった。こんなものが作れたとなると、まんざら嘘ではないのかもな。」 「非常に丈夫な物であることは分かったが、とにかく、放り投げるのはやめておけ。目に見えないひびが入る可能性もある。ラゾでは最古の粘土板をそれこそ至上の宝として扱っているぞ。今のような扱いをしているとすぐに首切り役人が大斧を振りかざして飛び出して来る。」 シェロは軽く首をすくめて見せた。 「普段はやらんよ。」 「床の下にもあると言ったが、掘り出してみたのか。」 「一部分だけ掘ってみた。内容を書き留めて埋め戻したが、場所が狭くてどうにもならん。全部を掘り出すためにはこれら全てを運び出さねばならないから、現状では不可能だな。河に落とすことは避けたい。」 新しい粘土板が一枚二枚と運び込まれる度に、巨岩の内部を少しずつ削り出して納めてきたのである。それを一度にまとめて運び出すのは膨大な労力と注意力を必要とする。足場の悪さから見てまず無理と思われる。 「ラゾの格納庫にもいくつか似たような物がある。僕の教師たちのうち、禁断の書について研究している学者が講義をしてくれたことがあるんだ。それらには自動機械についての記述があった。生命のない物が勝手に動き回るなど、考えただけでもおぞましい。僕はそれ以来先史時代の物を厭うようになった。」 「もっともな話だ。」 「粘土板から未知の事がらを読みとるのは新鮮な驚きがあるが、手間がかかる。そのために教師たちは手書きの本を使って授業をしてくれた。上手くまとめてあって楽に勉強できた。粘土板に墨を塗って紙に写し取る方法を学んだこともある。それをいつかアトシスじゅうの格納庫で実現したいと思っていたが、出来なくなった。」 「そうなると読み易いな。でも紙は高い。とても無理だ。」 「現状では難しい。しかし、ひょっとすると僕の友がやってくれるかも知れない。それを期待する。」 アリーの話は、シェロにとって最初はいつも大法螺に聞こえる。しかし、アリーはそれを当然のこととして語り、やがてシェロはなんとなく納得してしまう。アリーが言うと実現不可能と思われることがひょっとすると可能なのではないかと思えてくるのだ。 「俺は、鋼について興味深い部分を羊の皮に書き写した。」 アリーは、大いに興味をそそられた。現実離れした話に興味をもったとしてもそれ以上近づく手だてがなければ、旺盛な知識欲は空回りするばかりだ。鋼については特に深い思い入れがあるし、手が届く。 「それを読ませてくれ。」 「見返りは何だ。」 シェロは商人の顔つきになっていた。 アリーは顎に手を当てて少し考えた。 「そうだな、ラゾにおける特権はもう失った。でも、ジェラスでは今でも書庫への立ち入りぐらいは自由だと思う。もし、おまえがジェラスに来る機会があるならその時は必ず読ませてやる。約束しよう。」 この何気ない一言がシェロの人生を大きく書き換えることになった。 「それは楽しみだ。ジェラスには興味がある。」 シェロは大いに乗り気になった。 村に戻ったアリーはシェロが書き貯めた羊皮で出来たノートを読み耽った。 武器としての刃物にはさほどの切れ味は必要でない。よく切れるに越したことはないものの、鋭敏な切れ味はどうしても折れ易さにつながる。実戦においては、剣が折れ飛んでしまうよりは曲がるぐらいの鈍さをもっている方がましだ。アリーが鋭い切れ味を求めるのは、木工を好んだためである。硬くて繊維質の強い木を削るときには特に鋭い切れ味をもつ工作用具を求めた。堅い木は刃こぼれを引き起こし、作業効率を低下させるがそれなりの仕上がりを見せる。強さ、粘り、摩滅のしにくさなど優れた刃物を作るためには良い鋼が不可欠だった。また、良い鋼を見つけだすことができれば農業用の鎌や鍬、様々な工作用具、日用品その他の道具の発達も導く。 シェロのノートは大きく分厚かった。細かい字でぎっしりと書き込んである。 「顔に似合わず几帳面な奴だ。」 アリーはパオの中で一人呟いた。 (粘土板の記録) 氷の河を幾日もそりで走った。凍てついた河には白い氷があちこちに隆起し、青い影が差している。河が二つに別れる場所で我々は出会うのだ。その場所は大冬の中にあっても決して凍えることがなく、熱い湯の噴き出す場所さえある。獲物が暖を求めて集まってくる。蛭さえいなければいつまでも留まりたい。 アリーは古い記録に心が躍った。 いかに古い記録であってもそれは鮮烈な事実であった。人が同じような心を持っている限り、書き残された記録を頭の中で膨らませ、追体験することは可能である。 アリーのいるパオにマイが訪ねてきた。ゆったりした毛織りの服に着替えて、いつもの宝石の首飾りを掛けている。靴もなめし革の短靴に履き替えていた。 「アリー、船の手配がついたわ。」 「ああ、そう。」 アリーはシェロのノートから目を離さなかった。 (粘土板の記録) 乾燥させた果物とよい鋼を交換するために、我々は赴く。すばらしい鋼、、、、 「シェビーダに頼んだの。河を下って海に出て、そこで、船を乗り換えればジェラスまで一足で帰れるわ。」 「ああ。」 「聞いてるの。」 アリーはうるさそうにマイを見た。ちょうど鋼に関する記述が始まっていた。 「聞いてるさ。河を下るのに四、五日みておけばいいだろう。それから風待ち、まだこの時期には大陸からの風は弱い。海で風待ちをするより、どうせならここで待とう。面白いものがあるんだよ。」 「ちゃんと考えているのならいいわ。」 マイは不機嫌にアリーを見つめた。緑色の瞳がどこか寂しげだった。 「シェビーダから何か話を聞いたらどうだ。凄腕の祭礼占い師だったようだぞ。」 「耳にたこができるほど聞いてるわ。」 マイはそう言ってパオから出ていった。機嫌を損ねたらしい。 アリーはマイを忘れて、シェロのノートに没頭した。 シェロのノートは驚異の記録だった。 |