第二十三議会は怒号と悪意のわめき声で沸き立っていた。王の意向を受けて粘土板関連事業について説明するうち、ジェラ族の議会は激しく反発した。情報大臣のウゲットは額から流れ出る汗をすでにぐずぐずになった布で拭き取りながら議員たちの罵声に耐えていた。

 ラゾのある中央大陸から海洋を隔てたジェラス大陸は、周囲を大海に囲まれているためか比較的温暖で安定した気候風土となっていた。ジェラ族はアトシスでは珍しい定住農耕型の生活を営む民族である。

「意見がある者は議長の指名を受けて発言してください。」

 ウゲットは長身を折り曲げるようにお辞儀をして、荒れ狂う議員たちに最後のお願いをした。

 この低姿勢な大臣が深々と頭を下げた時には、そのあとが怖い。

これは、極めて限られた関係者のあいだでのみ知られたことである。追いつめられたときに、ウゲットの心の何らかのスイッチが入るのだ。議場はさらに紛糾した。

「カス野郎。」

「靴をなめろ。」

 議長は、ウゲットがお辞儀をしたまま演壇に立っているのを見てごく儀礼的に言った。

「議員諸君、まず議員として恥ずべき言動は慎みましょう。ここは無頼の口喧嘩の場所ではない、誇り高いアトシスの議員諸君が集う話し合いの場所である。」

 議長、という声とともに議員の一人が立ち上がった。浅黒い肌、おそろしく端正な容貌に犯しがたい威厳が備わっている。騒がしかった議場が、水が引くように静まっていった。

「アリー・ジェラ議員、発言してください。」

 指名を受けた議員は議場を見渡してからよく通るバリトンで話し始めた。

「第二十三議会は他の議会に比べてきわめて粗暴にして野蛮だと言われている。口の悪さは独自の文化を育んできたことにもよるが、ラゾの議会に所属している以上、大臣に対して不敬な振る舞いに及ぶことは許されることではない。」

 アリー・ジェラは優しい笑みを浮かべて、ウゲットを見つめた。議場は水を打ったように静かになった。

「そのような者にはしかるべき罰を与えることにする。」

 百人を越える議員のあいだに、不穏な衝撃が走った。アリー・ジェラに、はったりはない。ジェラの議員でそれを知らない者はいないのだ。

 ジェラという民族名を自分の名とすることは、古いしきたりに基づいて、ジェラ族の首長を集め、その承認を要する。アリー・ジェラは、ジェラ族から初めて王の候補者として選ばれ、王になるための教育を受けていた。いわば英明王の同期生である。アリーは十八歳で王の候補者から外れた、外されたのではなく自分の意志でラゾを離れた。

 アトシスでは家族や血統が本人の栄達を保証しない。王の子であっても、ただそれだけではもっとも下級の官職すら与えられることはない。また財産も一代限りである、子に相続権はなく遺産は全て国庫に帰属する。物売りとして大成功を納め、巨万の富を築いた親があっても、本人に能力がなければその死とともに幻のごとく全ての裕福さが消えてしまう。

 そのために近代のアトシスでは教育や個人の能力こそが最も重要だと考えられた。経済というものはあまり発達することがなかった。物売りという呼称がいつまでも他のしゃれた呼び方に変わらないのは、そのためであろう。

 

 アリーの父親は危険をかえりみず粗末な荷船で大陸を往復して、ジェラスで実る果実を一手に商うルートを拓いた。気候の厳しい中央大陸では、果実の需要は大きく、船の数は急速に増え、共同経営者を募って「会社」と呼ばれる大組織を作り上げた。しかし、まもなくこの会社は当時の王命によって解散させられることに決まった。組織的な経営には常に政府の役人を参加させねばならないという法の要求を頑として拒否したためであった。

 ラゾを中心としてその周辺地域には、よく訓練された役人とシステムが一切の不正を閉め出していた。ところが、ラゾのある中央大陸でさえ辺境の地域には、その点について少なからぬ問題を抱えており、さらに絶海の大陸ではより多くの不正がまかりとおっていた。アリーの父は、息子が王の候補者に選ばれたことを誇りに思っていた、また、大陸を渡り歩くうち高い見識を身につけることで容易に腐敗の中に身をおくことができなくなっていた。腐敗した役人を適当にあしらっておいて、商売に利用することをせず、地方政治の浄化を求めて奔走した。その結果、悲劇が起こった。何者かの手によってアリーの父は惨殺され、その知らせを受けるやアリーはラゾを去り行方不明になった。

 情報省のウゲットは顔を上げてアリーを見た。久しぶりに見るアリーの姿には何の気負いも見えなかった。ウゲットは心に湧き起こってくる懐かしい思いを圧殺していた。それでも、アリーの端正な姿に英明王の持つ資質と共通するものを見出してしまう。

「罰を与えるとは聞き捨てなりません、今の発言は議事録に記載され、今後、二十三議会の議員に対し何らかの危害が及んだ場合には、私はあなたを真っ先に追求する。」

「もとより覚悟の上です。ウゲット大臣。」

 アリーは大臣という言葉に特に敬意を込めて答えた。ウゲットの中で膨れ上がっていた爆弾は不発に終わった。ウゲットは切り札を出すつもりでいたのだが、微妙に矛先を変えられてしまい、その機会を逃した。

 アリー・ジェラは本題に入った。

「ジェラスは中央大陸に比べて気候が温暖で比較的安定した農作物の収穫が見込める。だからといって、ジェラスは中央大陸の住人のための食料生産をやっておればいいと考えるのは中央政府の傲慢だと考える。格納庫に収蔵されている粘土板の紙面への写し取りはジェラス地方が特に期待している大事業であり、農業中心のジェラスにやっと芽生えた文化産業の発展を約束するものなのだ。英明王が粘土板を紙に写し取り、それを公開したことは最上の賞賛に値する英断だった。われらはその一部を印刷して各地方に無償で提供した。また、中央大陸が干ばつの影響のために食料生産が追いつかなくなったとき、第二十三議会はそれこそ何の見返りを求めることなく大量の食料を送った。それを思い出していただきたい。ジェラ族はこれまでも、野蛮で洗練されていないという根強い偏見と闘ってきたが、農耕民族の物事にじっくりと取り組むという気質を今こそジェラス内外に示したい。英明王は予算の節約を理由に五年の事業延期を勧告されたが、トリア族、バウド族も来年度には同じ要求を提出するはずだ。そのころになって当議会の要求が王に認められてもトリアのごとき交渉上手にかかれば、いいところは全部彼らに持っていかれることだろう。是非この機会に、大臣の英断により、この事業の一切を第二十三議会に委ねることを宣言してほしい。重ねてウゲット大臣にお願いする。」

 中央大陸の北部一帯はトリアという民族が生活圏としており、トリアスという地方名は、その名に由来する。トリア族が冬営地を求めて南方に移動して来るときには、中部に位置する優勢なバウド族と接触しなければならない。トリアは確かに交渉事が巧く、また二十三議会の動きを知って早くもこの事業に対する興味を示している。情報省にはその動きが伝わってきており、大臣であるウゲットがそれを知らないはずはない。過去の事例を考えれば、アリーの主張は実に的を射たものなのだ。 

「しかし、予算について考慮する必要がある。」

 ウゲットは汗を拭きながら、最後のあがきを見せた。アリーは端正な顔に魅力的な笑みを浮かべた。

「議員諸君、ジェラは慢性的な予算の不足を補うために今後五年間にわたる余剰農産物の無償提供をする準備があることを大臣に知っていただく必要がある。賛成の諸兄は挙手によって意思を表明してくれ。」

 アリーは英明王に劣らぬ天与の統率力を持っている。百名を越える議員は一斉に手を挙げた。彼らの手が一糸乱れることなく挙げられたのを見て、ウゲットは背中に妙な寒気を覚えた。

「ちなみに今年度のジェラスにおける余剰農生産は五百万ベキルに達する。もし、大臣が今ここで果断を下すなら、来年度も同等額の提供を約束する。天候の不順等によって生産効率が低下してもこの数字は守ってみせる。」

 議員たちは、無言のうちに再び挙手によって賛同の意思を表した。ウゲットは、とことん追いつめられたことを実感した。一千万ベキルもの無償提供があれば予算の節約を理由に二十三議会の要求を蹴ることはできない。それに、過去の経験と現在の状況から見て、アリー・ジェラの指摘通り、トリア族は様々な策を弄して混乱を生じさせ、トリアスの利益追求を強行する事が予想される。トリア族には冷涼な風土特有の侵略的性格が濃厚に表れている。ジェラ族はその点、開放的だった。陽光と水の豊かな所では、どうしても自然の恵みが多くなり、奪い合いよりも分かち合う事が民族的性格として定着する。

  広い議場には、ことりという音すら聞こえなかった。熱い視線がウゲットに注がれ続けていた。ウゲットの心拍が急激に上昇し、額の汗が眉毛をのりこえて流れ落ちるほどになった。

 ちょっと休憩を宣言して頭を整理しようか、ウゲットは頭の端の方でそう考えた。ウゲットは臆病を思わせるほどに慎重である。

 アリーは、声のトーンを変えて、友に語るように話した。

「これは、個人的な話だから議事録には載せなくていい。ウゲット、久しぶりだね。僕は、君の英断を期待する。今日の決断はきっと長く後世に伝えられるだろう。それだけの値打ちがあることを保証する。」

 ウゲットとアリーはかつて共に学んだ友であった。

 二十三議会はぎりぎりの条件を示して大臣の決断を待っている。その点にかけひきはない。

 ウゲットは、アリーの示した条件がジェラにとっての最大の譲歩であることを理解したが、あくまでも即断は避けたかった。その姿勢はアリーの微笑によって突然に崩れた。

ウギー、よく考えて決めろ、僕は待つ、共に学んだ頃、ウゲットはおやつのケーキを選ぶのにも手間取った。アリーは同じ微笑みを浮かべ、そう言って慎重派のウゲットを待ってやることを忘れなかった。

ウゲットの腹は決まった。

「大臣決定によって、当議会に格納庫の粘土板写し取りに関する一切の指揮権を与える。」

 一瞬の静寂のあと、議場は割れんばかりの拍手に沸いた。ウゲットはすぐに手を挙げて、拍手を制した。

「ただし、王命によって拒否を受ける場合があることをお忘れなく。この決定は明日の王の追認をもって発効する。」

 ウゲットの後ろから議長の声がした。

「この拍手は、大臣の英断に対する賞賛の拍手ですよ。私もジェラスの民としてあなたに拍手を送る。」

 ウゲットは一つ肩の荷を降ろした気がした。議会は閉会を迎え、大臣は王の姿を探しに宮殿の回廊に出ていった。重要事項はすぐに王に報告しておかねばならないのだ。

「王は大臣の決定を認めるでしょうか。」

 若い議員がアリーに尋ねた。

「ドウは煩雑な手続きを嫌う傾向がある。大臣が決定を下したとなれば、わざわざそれを覆すことはない。」

「では、新事業は我らの手に入った訳ですね。」

「そのとおりだ、同志。」

 若いジェラスの議員はアリーに同志と呼ばれたことで赤みがかった肌をさらに紅潮させた。

この若者の名はパログという、アリーが腹心の部下として重く用いている。パログはアリーと、彼が秘密裏に進めている構想に心酔していた。また、この議場にいる全ての議員は実際のところアリーの手下なのである。

「ウゲットがお辞儀をしたときには焦った。彼を小心で小賢しいと考えていたとしたら大きな間違いだ、あのまま放っておけば大臣の特権を使ってこの議会を解散させたはずだ。」

「あの大臣にそんな思いきったことができるのですか。」

「できる。ウゲットを甘く見てはだめだ。それから、彼に対して暴言を吐いた者から百ベキルの罰金を徴収しておけ。彼は今も私の友なのだ。今回、初めて中央の議会に出席したが、あのように下品な雑言は堅く禁じていたはずだ。」

 パログは、アリーの峻厳さを十分に知っていた。アリー・ジェラの言葉は全てが確実に実行される。

 パログはウゲットに対してクソ野郎と叫ばなかったことを故郷の母に感謝した。クソババアと毒づく度に強烈な鉄拳をパログの顔面にぶち込んだ母。その教育が実って悪口を言う前に一呼吸おいて考える習慣が身に付いていた。

「どうした、顔が青くなったぞ。パログ。」

「いや、へへへ。何でもありません。ただ、百ベキルで破産しない奴が何人いるかなと思ったのです。」

「ひとりもいない。彼らはまた一から出直しだ。」

 アリーは冷徹に言った。

 

 ウルはラゾの中を軽やかに走った。とても老人とは思えない。宮殿には、ウルのような宮殿専属の護衛者が数多く住んでいる。また、議会の開催時に議員に同行してくる護衛者もいる。がらんとした広大な廊下に、ひょいと飛び出してきた影があった。 

「ご老人、何を急いでおられるのです。」

 腰につり下げられた得物は剣士であることを物語っている。それに豪華な服装と赤銅色の肌はジェラス出身であることを伺わせた。ウルは距離を置いて立ち止まった。

「どけ、護衛者の行く手を阻む者は決闘の申し込みをしていると見なされるのだぞ。」 

「そう取っていただいても良いのですがね、あるお方の命によってカルバ大臣を手助けするよう言われている。」

 若い護衛者だった。猫のようにしなやかな動きはかなりの技量を伺わせた。しかし、傲慢な態度がウルの癇にさわった。

 ウルは無言で腰の短剣を抜き、間合いを詰めた。

 若い護衛者は一瞬とまどい、奇妙な鉄の棒を腰から抜いた。ウルは無造作に間合いを詰め、右手で短剣を突き出すと見せかけて足で相手の足をすくった。

 無駄のない流れるような攻撃だった。相手は猫のように体をひねって床に腹這いになった。その時には、既にウルが背後を取っていた。

 華麗な装飾の施された短剣が若者の背中の皮膚に浅く刺し込まれた。

「冥土に送る前に、誰の命令でカルバ様の身辺を探っているのか聞いておく。」

若い護衛者は観念した。技量の差があり過ぎる、この体制からの形勢逆転は完全に不可能だった。

「私の命はアリー・ジェラ様に捧げてある。粘土板にはそのように記される。それで満足だ。」

 ウルはアリーの名を聞いてとどめを刺す気を失った。手の中の宝剣の切っ先を若者の服で拭い、大事そうに鞘に納めた。

「実戦が足りん。勝負にならんわい。」

 ウルは若者を解放した。若い護衛者はすぐに気を取り直して言った。

「ミシュガットを見せてもらいましたよ。手伝いをしたいと言っているんだ、そう怒らなくてもいいでしょう。」

 若者は早くも傲慢な態度を取り戻していた。ウルはうんざりした口調で言った。

「馬鹿者が。あんな小技がミシュガットではないわい。ま、手伝いをしたいというなら必要なときに呼ぶことにする。」

 ウルは立ち去ろうとした。

「名前を聞いておかないと呼べないでしょうに。私の名はロフウという、しっかり覚えておいてください。」

 ウルは金輪際呼ぶつもりはなかったが、適当に頷いておいた。あれは護衛者の中でも、かなり馬鹿の部類に属するとウルは思った。

 

 警護省大臣のセーバは宮殿の一室に部下を呼び集めた。セーバの就任以来、警護関係者にトリア族が登用されることが多くなっており、この部屋に集まった十人余りの者は全員がトリア族であった。

  最初に口を開いたのはセーバであった。

「アリー・ジェラがラゾに来た。ジェラス議会は完全に奴のものだ。まるで、ジェラスの王のようだという。一千万ベキルの無償提供を条件に粘土板関連事業をウゲットからもぎ取っていった。」

「一千万ベキルとはまた思い切ったものだな。」

「完全に予想外だった。トリアードは窮地に立たされる。」

  集まった者たちは互いに意見を述べ合った。

「計画が失敗に終わったことを深く反省することだ。」

「バウドスの格納庫にもう一度放火するか、各地で混乱を引き起こし、注意を逸らすのだ。」

 絶対であるはずの警護省内部の地位とは無関係に、このトリア族たちは平等に意見を交換した。

「まだ、失敗ではない、アリー・ジェラを消すのだ。」

 片腕のない、異常なほど肩幅の広い男がくぐもった声で言った。一見して護衛者と分かる。身体的なハンデを持ちながら護衛者を務めることは極めて稀であった。

「確かに、奴が消えればジェラなど烏合の衆に過ぎない。」

「どうやって消す。まさに鉄壁の守りの中にいるぞ。下手に手出しをすれば、我らは白日の下に引きずり出されることになるだろう。」

「儂にまかせておけ。この腕の痛みを奴にも与えてやる。」

 男の名はヒュンデミと言う。陰鬱な顔つきの壮年の護衛者である。

「ヒュンデミ、怨みで計画を乱してはならん。」

 セーバの言葉に、ヒュンデミは冷たい眼差しを向けた。陰鬱な顔に埋め込まれた青い目にはまるで感情が表れていない。セーバは巨大な昆虫に見つめられているように感じて寒気を覚えた。

「若い頃とは違う。二十年この時を待ったのだ、血気に逸って失敗することはない。」

「それならいい。」

 セーバは仕方なしに頷いた。

「もう一点報告しておく、収穫祭に継王候補者が選ばれる。それを主催するのはカルバだ。」

「カルバを消すか。」

「いや、収穫祭までは生かしておく。カルバがいなければ候補者探しがさらに延びる。それまでは、皆、身辺に気を配れ、決して気づかれるな。」

 

 カルバはアリーを訪ねることにした。二十年前に忽然と姿を消し、長い間、足取りがつかめなかった。のちにジェラスに戻り、隠然とした勢力をもつジェラートと呼ばれる組織をジェラスに作り上げたと聞く。めったに表面に現れず、ましてラゾにやって来るようなことはなかった。

 それが再び、ジェラスの議員となってラゾに現れた。王としての資質は、あるいは英明王よりも優れていたかもしれないとカルバは思っている。

 中庭を取り巻く回廊を歩き、丘を一つ越えると、ジェラ族の議員宿舎となっている独立した石造りの建物がある。ここはラゾの内部だが、建物全体にジェラス風の華麗な雰囲気があった。

 見事なまでに褐色の肌の門番がカルバを呼び止めた。

「何の用だ。」

「アリー・ジェラに会いたい。」

「誰も取り次ぐなと言われている。名前だけ聞いておこう。」

 カルバが名乗ろうとしたとき、後ろから、ぬっと一人の若者が現れた。派手ないでたちの護衛者だった。

「このお方はいいのだ。相手を見てものを言え。」

「これは、ロフウ様。失礼いたしました。いや、そちらのご老体にも失礼をした。」

「私をつけてこられたのか。」

「はい。ちょっと恐い老戦士にも会いました。アリー様の命令であなたを警護しております。」

「アリーが。」

 こちらに、と、カルバは中に通された。

 華麗な装飾に彩られた迎賓室には意外な人物が待っていた。アリーとともに姿を消した巫女である。巫女の名はマイという。

「おお、巫女。」

「カルバ師、お懐かしい。」

 巫女は印象的な緑の瞳から大粒の涙を落とした。

 程なくアリーが現れた。白い上着にジェラ特産の青い宝石をふんだんに縫いつけてある。窓から差し込んでくる光でまぶしく見えるのは、宝石のせいばかりではなかった。アリーは英明王に劣らぬ見事なまでの風格を備えていた。

「カルバ、会いたかった。」

 私も、という言葉が喉につかえてしまった。カルバは涙を流していた。アリーが四歳の時に遥かジェラスから継王候補者としてラゾに伴ってきたのは、他でもないこのカルバなのだ。その後、十数年の教育期間においてアリーは常に継王候補の筆頭にあった。十八歳の時に失踪したとき、もっとも大きな落胆を示したのも、やはりこのカルバである。そのアリーが、いま、王そのものの風格を備えて目の前にいる。

 アリーにまつわる思い出の風景がどっとカルバの中に溢れ出た。

  

 全ては二十年前に始まった。

 

 

 

 

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