まつり絵馬
平成15年、下蒲田屋台完成で参拝!
メモ
昔は「蒲田七村」といわれ、七村で行われていたが、諸々の
関係で子供の樽神輿ばかりになっていた。昭和60年頃から
大屋台が復活し、現在では4台の大人屋台を含め、15台程
度の屋台が揃う。

 宵宮は基本的に村練りが主。但し「平野組」「八幡小学校」
等で何町かの練り合わせがある

 本宮は朝8時過ぎから各町の屋台が集結し始め、新蒲田
橋の東詰で練り合わせを行った後神社へ向かう。宮入り後
練り合わせを行い、各町へと帰る。
最終の屋台の宮出は午後五時すぎ。一度で退出せず、拝
殿前を何度も行き来する屋台が見られる。
 祭神 八幡大神<誉田(ほんだ)天皇=応神天皇>

 この付近では最も歴史の古い神社で村名(蒲田村、八幡村)の起源となった。
「播磨風土記」の漢部里{あやべのさと}(いまの青山・飾西付近)の条に「品太(誉田)天皇巡幸の時、
このあたりの河川で手を洗われたので、川は手沼{てぬ}川(いまは夢前川、かって手野付近を流れて
いた)と名付けた」と書かれている。その記念すべき場所に神社を設立したのが当社だといわれている。

 かっては社名を「堀田」または「発田」と書いたが、江戸時代から「蒲田」の字をあてるようになったら
しい。これは祭神の「ほんだ」を「ほた」と読んで漢字を当てたもので、後に「かまだ」と読むようになった。
(姫路市教育委員会 姫路西ライオンズクラブの案内板より)
まつり特徴
姫路市営バス「東蒲田」行き「籾取り」バス停下車 
東へ10分 蒲田山の麓に神社がある
神社案内
体育の日の前の土日
交通
祭礼日
平成15年10月11.12日
懐かしの