私の横顔

今の私です、ラジコンと名のつくものは1通りしました、飛行機、船、ヘリコプター、自動車、飛行機ではパイロン、グライダー、そして現在は飛行機だけは、つずけています、今年で60才ローカル大会にはたまには参加しています、まだまだ飛ぶぞ、、、、

30年もラジコン模型をしていると、いろんな事がありました、以前のプロポはすぐにノーコントロールになってしまいます、!あれよあれよ!と言っているうちに飛行機は見えなくなってしまいました。自動車、船、などは1部分が壊れる程度で直せますが、飛行機は1番気を使います、30年前ではお弁当を持って1日1回フライト出来れば上々でした、今では考えられないことです、でもいろんな経験をしましたし、電波を使う怖さも知りました。

日本で初めてのパイロンレース(40級)手探りの自作機で参加、日本のラジコン界での有名な方々にまじり、頑張って5位に入賞しました、(現在もある八尾飛行場で)

初めて作った大型のスタント機(クルーセイダー)エンジンはOS58でエンジン始動が大変こわかった、思い出があります。

昭和52〜スーパースターで日本選手権本戦に出場したころ。

ドイツのシュルター開発のヘリ日本ではまだ10数人程度しか飛んでいないころ、やっと無事に上空を飛んだ。

奈良県の古考学研究所の依頼でラジコンヘリで航空写真を撮れないかと相談を受けテストに入ったころ(昭和55年頃)ピンボケ写真ばかりで大変苦労しました、その後いろいろ考え、ヘリも作り変えカメラの取り付け方法も変え、だんだん良い写真が撮れる様になってきました。

このヘリはヒロボー製のパーツを利用してオリジナルで制作したもので、ローター直径3メーター、エンジンはOS902サイクル、これが1番パワーがあった、ヘリの重量約5キロ、搭載カメラ、マミヤ6x4と言うもので約1キロ、とっても良い写真が撮れた。

その後、この様な写真が撮れた。

KMA飛行場開き(京都伏見区)昭和56年

遺跡発掘現場写真

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