キューピーが寝たる姿や猫崎半島 (2009,秋晴れの日)


  

京都から兵庫,鳥取にかけての山陰海岸が,数年前から「ジオパーク」といわれるようになっています。地質公園といえばいいのかもしれませんが,山陰地方の海岸線を中心に神鍋も含めて,地質遺産を保全保護するための自然公園のようです。その山陰海岸ジオパークが,「世界ジオパーク」への登録を目指して,いろいろな活動を行っています。イベントだけではなく,案内板やパンフレットも作られ,一般の人たちにもわかりやすく山陰海岸の地質的価値を教えてくれます。今回は,その山陰海岸ジオパークの一部,竹野町の猫崎半島とその海岸を見物してきました。

豊岡から但馬コースタルロードで竹野町へ。約3時間のバイクツーリングです。竹野浜が一望できるポイントから猫崎半島を見ると,なるほど「キューピーちゃん」そのものです。頭と大きく出っ張ったお腹,足先までもそれらしく見えます。猫崎半島は,沖から見るとネコが両耳を立てている姿に見えるので,その名がついたということですが,陸からしか見ることのできないので,ネコの姿が想像できません。

近畿自然歩道
賀嶋公園 日本海の展望がよい芝生広場です。ここからは海食崖の但馬海岸や白砂青松の竹野浜,遠くには丹後半島を望むことができます。
柴野栗山の碑 寛政の三博士と呼ばれ,漢文作家であり江戸中期の儒者であった栗山は,文化4年(1807)風光明媚な但馬鷹浜に来遊し,その雄大な自然に感嘆した心情を詩に残している。
力士の碑 江戸中期,千石舟で巨富を得た竹野浜の船主仲間では,大阪相撲の愛好者が多く,毎年夏には巡業団を迎えて角力興業を打っていました。当時,人気があった幕内力士(下り松荘兵衛)の記念碑が建立されています。
波食甌穴群 甌穴には,岩礁に生じたわすかの凹凸に小石がひっかかり,波によって小石がぐるぐるまわされて,凹みを大きくかつ深めて穴となったもので,ここでは,大小約40の甌穴が群をなし,県指定の天然記念物となっています。

竹野浜を過ぎ,ホテルの脇を通って,賀嶋公園の駐車場へ。ここはきれいなトイレがあり,車も十数台はとめることができます。柴野栗山とやらの碑があり,城崎の「玄武洞」の命名者としても但馬に縁の深い人のようです。賀嶋公園は,少し上に上がったところのようですが,まずは,波食甌穴群の見物です。海岸(@)に下りると,様々な模様や形の岩があり,足元には岩場が広がっています。見ると,穴があちこちにあき,いろいろな形の凹みも点在しています。石が入り,今まさに進行形の甌穴もあります。古代のゾウの足跡化石もあるというのですが,さて,どれがそれなのやら。???

  
猫崎半島 テラミスのような葉理
猫崎半島
テラミスのような葉理
  
甌穴(大) ただ今,甌穴制作中
甌穴(大)
ただ今,甌穴制作中
  
甌穴(小) テラミス岬
甌穴(小)
テラミス岬
  
豊岡類層と宇日流紋岩の不整合 海食崖
豊岡類層と宇日流紋岩の不整合
海食崖

ガケに目をやると,いろいろな岩石が葉理になり節理になり複雑に入りくみ,しかも波の浸食を受けているので,複雑怪奇な模様を描き出しています。地質学的な講釈はともかく,単純に自然の造形美に感動してしまいます。ただ,ゴミが多い!そのほとんどはどこからか漂着したゴミのようですが,やっぱりいい気はしません。こんなにゴミが漂着していると世界ジオパークの認定は難しいかもと思っちゃいます。竹野町の責任ではありませんが。

植物
猫崎の植生は対馬暖流の影響を受け常緑広葉樹の混交林から成り原生に近い。特に中央部西?面はモチノキ,ヤブニッケイ,ヤマザクラで覆われています。

海岸には甌穴群の見物客以外には釣り人がいます。聞けば,グレが釣れるとか。グレって,名前は知っていますが,料理として食したことはありません。おいしいのでしょうか。まぁ,釣りをする人は,おいしいというより,釣り応えがあるかどうかというの大切なようですから,食べるためにだけ釣っているわけではないのでしょう。

波食甌穴群の見物を終え,半島ハイキングに向かいます。まずは,賀嶋公園(A)です。駐車場の北から延びる舗装路を進み,ナゾの廃屋を過ぎると,賀嶋公園があります。休憩所があり,記念植樹があちこちにあります。また,東西の切り開きからは朝日や夕日を見ることができるそうです。

山陰海岸国立公園 竹野賀嶋公園   朝日・夕日・漁火が見える丘

山陰海岸国立公園 京都府の網野海岸から鳥取県の鳥取砂丘まで,延長約75kmに及ぶ海岸沿いの区域8,784haが,山陰海岸国立公園に指定されています。
猫崎半島 兵庫県の最北端に位置し,沖から見た姿が猫に似ているところから名づけられた陸繋島です。流紋岩の柱状節理や凝灰岩の奇岩怪石,そしてタブ,モチ,ツバキなど日本海では珍しい温帯常緑樹林がみられます。半島の北側一帯は国立公園の特別保護区に指定されています。
賀嶋公園 日本海の展望が良い芝生広場です。ここからは,海食崖の但馬海岸や白砂青松の竹野浜,遠くには丹後半島も眺められます。また,夏は,東の海から昇る朝日,西の海に沈む夕日,そして夜の海に浮かぶ漁火の3つの光りが楽しめます。
新四国霊場 竜海寺によって奉置されたもので,山中に88カ所の石仏があります。

  
賀嶋公園 遊歩道の入口
賀嶋公園
遊歩道の入口

半島の先端にある灯台への遊歩道は,きれいに整備されているようですが,その入口には「この先 猫崎半島北端まで歩道未整備のため 危険!」の立て札が。???樹木のトンネルを抜け,尾根を北に進みます。まわりの林を見ると,瀬戸内沿岸の山を歩いているような気になりますが,「温帯常緑樹林」だからでしょうか。左手を見ると,草むらの中にコンクリートの手すりがあります。道の両側もきれいに刈り払われ,これで「歩道未整備」?と思っちゃいます。地形図通りの細長い尾根なので,両側は崖です。木立の間からは海が見えますが,展望がいいわけではありません。道の脇には,案内板にあった通り石仏が点在しています。その最奥の石仏には,「院奥」という字が見えます。

  
奥の院 遊歩道から見る竹野浜
奥の院
遊歩道から見る竹野浜

急な登りを終えると,賀嶋の三角点(B)です。ピークらしくない,尾根の途中にあるようにその三角点はありました。標高141.4の低山だからでしょうか,山名を記したものはありません。三角点ピークを少し下ると,端のかかった鞍部に出ます。ここから西の展望が少し開け,日本海の青さが目に鮮やかです。急なポイントには,ローブが設置され,階段も完備されているので,歩くにはまったく問題なし。これで未整備とは?この遊歩道の主な目的は,灯台の保守点検のための巡視路?

  
賀嶋三角点 猫崎半島最狭部
賀嶋三角点
猫崎半島最狭部
  
遊歩道から見下ろす 灯台への下り
遊歩道から見下ろす
灯台への下り

細い半島ですが,野生動物はいるらしく,道の真ん中にう○こがあります。尾根を外れると左右どちらかに転落するというのに,そんなところに住む動物がいるなんてビックリです。自然歩道は96ピークを巻き,急なコンクリート階段ポイントに出ると,目の前に白亜の灯台(C)が現れます。その灯台の脇には,釣り人が設置したであろうロープが海岸に向かって垂れています。小さな灯台の脇でランチにします。目の前には青い日本海と水平線があるだけ。眼下の岩場に砕ける波の音が聞こえてくるだけです。のどかで静かな竹野の海です。

猫崎灯台  初点 昭和36年10月  改築 昭和63年12月

  
猫崎灯台
猫崎灯台

帰りは,完全ピストンコースなので目新しいものはなく,ただ歩くだけです。30分足らずで賀嶋公園(A)へ。誰もいない公園では,刈払いを逃れたツリガネニンジンが淡紫色の清楚な花をつけ,秋風にゆれています。

時間があるので,淀の洞門にも行ってみましょう。

バイクにまたがり,竹野休暇村を過ぎ,切浜へ。洞門への案内はあるので迷うことはありません。海岸線の道を突き当たると,あとは歩きで1分ほど。見事にくりぬかれた洞門(D)は,なかなか見事です。でも,ここを住みかにはできないと思いますが。

淀の洞門
大昔,この洞門を住みかにしていた淀の大王を首領とする鬼の集団が,日々悪さをして良民を苦しめていました。
出雲に帰る途中,これを聞きつけて立ち寄ったスサノオノミコトはこの洞門の向かいに船を止めて,激戦のうえ征伐しました。
スサノオノミコトはここで船を降りて陸路を隣村の奥須井地区まで向かい,村では牛頭大王として奉られました。乗り捨てられた船は,そのまま岩になったと伝えられています。
村人たちはその徳をしのび,切浜海水浴場西端の細長い島を「御船」,沖合の二つの岩礁を「沖の錨」と「灘の錨」,砂浜にある島を「艫綱」と言い,奥須井に向かう陸路を「祇園」と呼び親しんでいます。

  
淀の洞門 はさかり岩
淀の洞門
はさかり岩

はさかり岩(E)もすぐ近くなので,ついでに再訪。これまた,見事な自然の造形物です。

但馬海岸は,学問的な価値も重要でしょうが,素人目にも自然の造形の素晴らしさや美しさを感じさせてくれます。世界ジオパーク登録を目指して,いろいろなイベントが開かれ,施設の整備が進んでいますが,静けさもいつまでも保全して欲しいものです。

 

賀嶋公園11:58  三角点ピーク12:12  灯台12:34〜13:00  賀嶋公園13:25


「山と自転車」にもどる

ホームページにもどる